汝、星の如くのアナザーストーリー
読んでよかった。
先生好きにはたまらないのでは?
もう私の中で…先生が
松村北斗なんですよ…
年齢がとかもういいから、時空歪めてもいいから、
先生はほっくんでお願いします![]()
(もう撮影終わってますよね)
あと瞳子さんは石田ゆり子がいいです。お願いします。
己の未熟さというものは、いつも他者との対峙から教えられる
同じ罪を犯しても、女のほうがより責められるのはなぜだろう
裕一のもつ穏やかさと冷ややかさ。それに違和感を覚えるときもあれば、今のように合理的だとありがたく感じるときもある。
自分にとって都合がいいか、そうではないかで受け止めようも変わる。人は身勝手だ。
「完璧ってのはそもそもが間違っていることなんだ」
なるほど、となぜかすとんと腑に落ちた。
「『美しく理想通りに整った愛などない。いびつこそが愛の本質なのである』」
「植木さんは強いなぁ」
「逆だよ。弱いからふんばらないといけない」
ああ、そうかもしれない。
本当に強い人はもっとしたたかに、しなりながら、新しい自分を作り直す。わたしはしなったら折れてしまう気がする。
だから必死で曲がらないようにふんばるしかない。
負けるな、負けるなと自分に言い聞かせて
「構わない。責任は俺がとる」
あの時僕が言ってもらいたくて、けれど言ってもらえなかった言葉だった。
「追いかけるのをやめたら、それが本当の夢の終わりだよ」
ショーウィンドウにもたれて夜空を見上げた。
都会のネオンで薄まった夜に星は見えない。
けれどそこにあると信じて目指すしかできない。
「なにごとも尻尾をつかませない程度がちょうどいいのよ」
愛はどこまでもパーソナルなもので、逆に『瑕疵』や『不完全』こそが、最後まで心に刺さって抜けない甘い棘になるのかもしれない。
「いかに自分らしく生きたか、最後に残るのはそれだけよ」
仕事と子育てを一人で担うことは想像していたよりも大変で、くらしのあらゆる場面が手抜きになった。
出来ないことがあって、当たり前という感覚が普通になり、それは他者への優しさになった気がする。
それまでの僕は「大変なこと」を投げ出さずに遂行することで、自分を支え、それは僕自身を縛る不自由な鎖になっていたのだ。
「きつねも食べたいです」
ああ、はい、とぼくのどん兵衛と取り替えっこをした。
「ふたりいてよかったですね。どっちの味も食べられる。」
暁海さんがどん兵衛をすする姿を、なぜだろうか、僕はちょっとおかしいほど幸せな気持ちで眺めた。
僕の人生の中で、今日は特別にいい一日だったと思いながら。
主語が大きくなると、途端に信用度が低くなるって知ってる?
ずっと覚えていることと、忘れられないことはどう違うのだろう。
