男として生まれると、弱音を吐けなかったり、気持ちよりも行動を追いつかせなくちゃいけなかったり、我慢しなきゃいけなかったりする場面によく遭遇する。(大人はみんなそうかもね。)

 

昔から、周囲に求められているものと、自分に合いそうなものが、ずれているのはわかっていた。

家族や子どもが欲しいということの真意が分からず、まぁそれでも生き続けていれば何か変わるかと思って今まで生きてきている。

 

中学のとき、身体の不調で突然死した同級生、本山に修行に行ったにも関わらずその後亡くなってしまった同級生、身体の不調によって亡くなってしまった知人女性など、寿命に達しないままに亡くなってしまった人たちを思い浮かべると、今日も生きていこうと思うその小さな思いだけが一番大切で、「どうやって」「何をして」とかはさほど重要じゃないと頭では思うようになった。

だから、生きていることが重要というより、「生きよう」と思っている状態、少し前を向いて歩こうと思っている状態が持続することが、私にとって良い方向性を持っていると思っている。

 

私は価値観の固い環境で育ってきたので、「こうしなきゃいけない。」という感覚が人より強い感じがする。

こうしなきゃ、でうまくいったこともあるけど、こうしなきゃだと、やり終えても達成感より燃え尽き感の方が強くなることが多かった。

先輩には、「君はパートナーができれば、うまくいくと思う。」と言われてきた。

私もそうしたいが、自分がずっと精神が不安定でいるのに、パートナーに母性や安定感を求めてしまえば、それは相手に対して幼稚な要求をしているように思えて、恥ずかしくてできなかった。多分は私は依存してしまうだろうから。昔、依存して関係を破壊してしまったこともある。



宗教に救いを求めた20代。仏教の慈悲の感覚は私には合っていたようで、すべての人に対し慈悲の気持ちを向けると、世界が明るく思えてきたりした。しかし自分に対する慈悲は、今になってもなかなかうまくできない。自分への慈悲がない状態で、世界に対して幸せを願う矛盾を、解消するのは難しかった。

 

履歴書の空白については、もう今はどうでも良いと思っている。

僕は機械ではない。

 

今は、安心感と、生きがいになるものが欲しい。

自分はこのために生きているんだ、と思うような出来事や、何かがないと、これからが続いていかない。

今日か明日、実家に帰る。父親と話す中できっと、「結婚」や「これからのこと」が話題に出るだろう。

父親は住職でもあり、家族を支えてきた人だから、言葉の中に、社会で生きる上での残酷な真実がある。

正論から見た真実とは常に痛いもので、、そういう会話にならないことを願っている。

 

私はいつも上手にできない。そういう立派な家系に生まれたことで、高いハードルを自分でも掲げてきたが、どちらかというとそれで幸せになったかは分からない。見てくれが少し良くなっただけかもしれない。



先輩は、私と話すことに価値を見出してくれる。

「一つのエレベーターにだけ乗って、上手に生きていきた人と会話すると話していて中身がなく、薄っぺらいんだよね。。」とも言っていた。

先輩曰く「俺と君は、生まれた環境や経歴が似ているよ。俺は問題に対して逃げることが多かったけれど、君は真っ向から立ち向かうから、そこはすごいと思うよ。だから君と話すのは楽しいよ。」とのことだった。

 

その先輩が言っていたことで、

「光と闇の分量は、みな平等だと俺は思うよ。一見苦しみに寄っている人も、楽しそうに生きている人も、楽と苦の総量はみな同じだと俺は思う。」という言葉は、印象的だった。

それを思えるのは、光に寄ったときかもしれない。しかし、トンネルの中にいるときは、そうは思えないものかもしれない。

「人生は苦しいよ。」という言葉も、すごく真面目な表情で語っていた。

 

貴乃花の人生を、youtubeのインタビューで見て、最後涙を流してしまった。

「あるべき自分」を演じ続けたことで、この人は演じた対象そのものになってしまったんだと思った。凄まじい孤独と、忍耐と、乖離を感じた。