今回は前回のcarpoolの歌詞解釈で気になった点や新たな説などを検証していきたいと思います。
①mementoと関係がない説
memento は前々回に歌詞解釈した斉藤さんの楽曲ですが簡単に説明すると、全世界の終わりが近づいているので、複数人で車に乗って入水しよう!最高で最後のバケーションだ!という曲です。これには元ネタがあって、スピッツの青い車という曲なのですが、青い車に乗って海に入り心中するという部分を参照しているので、mementoの登場人物達はカープールで心中しようとしているということでした。
一方carpoolは、車で心中するという描写はなく、先に悪友の君が海で自殺をしてしまい、二人の世界が崩壊してしまったために僕は生きることができず、悪友の後を追って同じ海で自殺するという内容でした。また、運転席は君だけの専用席で隣の席は僕だけの特等席という表現は二人の特別な関係を表す比喩であり、MVの中でも車で海の近くに行くという描写があるので実際に海までドライブをしてはいるのですが、今回は車そのものよりも車を使った比喩の方が表に出ているので、車という物自体にはそれほど意味はないと思われます。本当にあった話の一部分を参考にしている、パーソナルな部分が入っているという可能性があるのでなんとも言えないところもありますが。
というところから、(前回の解釈と正反対の意見になるのですが、)mementoとの関係性は薄いのではないかと思いました。
②「運命」というのは何なのか?
carpoolの歌詞中には
水平線の先なんて 知りたくもなかったよ
運命なんて捨てようって あの時言えなかったな
という部分があります。(落ちサビです)
悪童日記とその諸者解説を読んで気付いたことがあったのでそれを紹介します。まず、諸者解説にはこのようなことが書かれていました。大雑把に説明するとこんな感じ。
『個というのはそもそも二人で作られるものであり、二人で一つの世界を形成する。この世界は外の世界の何者も知り得ない。もしその個が分かれて、各自が二人の主観を共有できないような孤独になってしまったら、この二人は外の世界に抵抗して二人の世界を生き続けることができるだろうか?(いや、できないだろう)』
要するに、二人だけの世界は二人の主観を共有し合うことによって成り立っている(間主観性という)ので、二人がその間主観性を失ったときに外の世界の事柄を取り入れることなく生き続けることは可能ではないと言っているのです。
歌詞解釈に戻りますが、
水平線の先というのは、そもそも見えるはずのない世界の果てであり、悪友が死んでしまったので二人だけの世界が崩壊し、外の世界が見えてしまっている状態のことを指します。
二人だけの世界において、二人が離れ離れになってしまう(=二人の世界の崩壊)と両者は生き続けることができないという運命なんて捨てよう、外の世界へ行こうということは言えなかった。それは二人で一つの人生を選択した上での摂理なのだから、ということになります。
ただ、この運命についての説明は第三者の目線で二人の関係を客観的に分析したもので、二人だけの世界を生きるのを選んだのだから、間主観性がなくなったこの場所で死を選ぶのは当然のことだろう、というのはあくまでも心理をとっぱらって理論化したものに過ぎません。
だから、あの時、悪友を前にして二人の世界を終わらせようと、外の世界で別々に生きようと言えなかったのは、ずっとそばにいた悪友の自殺願望に気づくことができなかったことに対する悔やみがあり、双子の片割れのように大切な存在である悪友のいない場所で孤独に生きていくことができない程に彼を愛してやまなかったからなのではないかと考えられるのです。MVではどっちが僕でどっちが悪友なのかがわからないのですが、シガーキスのシーンがあったり、友人関係以上のものを示唆する表現が多いので、本当に特別な関係だったのではないかと思います。悪友と言いますけど、「君」はもう悪友なんかではないじゃないか。
③席を空けておくとはどういうことか
前回の解釈では、席を空けておくという部分を、すぐに入水するから、天国や水底で待っている友人を迎えに行くから、待っててという内容につなげたのですが、前文の通り車で入水するという意味でのcarpoolではないので、物理的に席を空けるのではなく、ここも心情描写だと思います。でもそうすると、もう死んでしまうし車の席も2つとも空いてしまうじゃないか?と思ったので、色々と別の面で考察してみました。
1、輪廻転生説。僕が死んで生まれ変わったあとでも僕の隣は君以外にありえないのだ。
2、そもそも入水しない説。曲中ではすぐ追いつくから…と言っているが、寿命が来てもう少しでそっちへ行くからという意味なのかもしれません。生きている間は君のことを忘れないでおくよ。もっと言えば君だけを思っているよ。ということ。
3、入水というテーマ、自殺というテーマ自体が比喩である説。この説はパーソナルな部分を含む可能性があるので深く考察はしませんが、とりあえず、僕の隣はずっと空けておくからその時が来るまで待ってて欲しい。という感じです。
いかがだったでしょうか?
解説文をやっぱりきちんと読むのは大切だと思いました。ちょっと意味合いが違う可能性がありますが、夫婦のどちらかが死んでしまった時に、もう1人がその死を追って死んでしまうということにも似ているのかなと思いました。聞けば聞くほど色々な考察が湧いて出てくるスルメ曲だと思います