妊娠7ヶ月。
妊娠期間って本当に色んなことが起こる。
体の変化も心の変化も。
妊活に至るまで、
妊娠が発覚したとき、
そして現在にいたるまでの気持ちの変化を残しておきたい。
母子手帳やアプリにもこれまでの気持ちは
書き込んできたけど、
「いつかこどもが見るかもしれない」
という思いから、どこか見栄え良く書いていた。
そこに記してきたことも全部本当のことなのだけど、
なるべくネガティブな感情は出さずにいた。
未来のわたしが
「この時こんな気持ちだったなあ」
「こんなこともあったよね」
とリアルに振り返って
我が子の成長を喜ぶことができたらいいなと。
そう思いつつもあれよあれよと時が過ぎてしまう。
どんどん変わっていく体と心に焦りを感じながら
今日やっと、こうして文字に起こしてみる。
※妊娠出産に関してはナイーブなテーマですが、
あくまで個人の記録用として記しているだけですのでご承知おきください。
リアルな感情を残しているので前半はネガティブ多めですが、
妊娠7ヶ月の現在は、こどもを授かれたことをとても幸せに感じており、来年我が子と会えることを心から楽しみにしています。
妊活に至るまで
夫とは共通認識
「こどもは欲しいけど、
できなかったらそれはそれでいいよね」
結果として、とても有難いことに、
小さな命はすぐにわたしたちの元へやって来てくれた。
そのため不妊治療というステップは考えずにすんだが、
もし難航していた場合、そこまで踏み込んでいたかは分からない。
夫の気持ちは分からないけれど、
わたしがなぜ、こどもを授かることへ
そんな曖昧な気持ちだったかというと
こどもを産むこと、育てること、幸せにしてあげたいと思うこと、
これら全てがわたし(親)のエゴな気がしていたから。
他にも色々な気持ちもあったのだけど、
これが一番だったと思う。
わたしはインナーチャイルドケアを学び、
お母さんから受ける愛情が何よりも大切であること。
こどもにとってお母さんは“全て”だということ。
これを痛いほどに感じていた。
そんなわたしは
「いつかこどもが産まれたら
本当の愛情をたくさん注いで、幸せにしてあげたい」
「わたしみたいに思い悩むような人生には絶対させたくない」
と思っていた。
……でもなんだかそれが、
こどもの人生を使って実験をしてみたい。
という気持ちのような気がして、
こんな感情でこどもを授かっていいのかと悩んだ。
もうひとつ。
母(父)から子へ対する愛情は“無条件の愛”である
とされている(気がする)が、本当にそうか?
こどもが“そこにいるだけ”で愛することができる?
5体満足で、健康で、聞き分けも良く、
「おかあさんだいすき」と言ってくれる
こどもでなくても愛せるのか?
そんな自信のない愛よりよっぽど
子から母(父)へ対する愛情のほうが“無条件の愛”だと思う。
それはわたしが
6歳のときに家を出て行ったお母さんのことが今でも大好きだから。
現実では距離を置いていて、
妊娠したことも報告していない。
だけど、それでも
やっぱり心の底ではお母さんが好きなのだ。
きっと、わたしはこどもに対して完全なる“無条件の愛”は注いであげられない。
暮らしの端々でわたしのエゴ(条件)が顔を出してしまう。
そうであっても、こどもを授かっていいのか?
ぐるぐる、ぐるぐる。
考えても考えても答えは出なかった。
結局、わたしが選んだ道は
“運命に従う”
これだった。
きっと、
小さな命がやってきてくれたのなら
わたしたち夫婦はそこから学ぶべきことがあるのだと。
もし来ることがなかったのなら
その環境で学ぶべきことがあるのだと。
そうしてスタートを切った。
🍎妊娠発覚〜は次回の記事で