『日本の伝統』という牢獄に
何十年もとっ捕まって死んだ脳ミソで生きてきましたレイハです。
人生で一番豊かな年齢の頃を
生きる屍として
過ごしてまいりました。(本音)
『常識』という呪縛。
呪いですわ、もうこれは。
日本の常識、とくに昭和の常識や価値観、
それはもう古いし、
これは、
「古き良き日本の生活習慣」ではなく
戦争によって歪められた精神と
西洋式の(しかも古い)価値観で
戦後何十年も受け継がれてきた、
ただそんだけの事です。
戦前の人の話を聞くと、
当時の方が豊かで平和だったと
言ってたとか。
高度経済成長から、昭和後期、
平成と、モノは豊かになったが、
何故か「生きづらい」。
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昭和後期、
学校の授業から
『道徳』の時間が排除されてました。
(私の世代は、そう。)
私は小学生の頃、
何の授業が好きかと言われれば
『道徳』でした。
クラスメイトも、そんな人が多かったのですが、
その理由は、
「勉強しなくていいから」
みたいな感じでした。
(えっ、そういう理由…?って思った。)
「道徳」の授業は、
結局のところ、他の授業の補填、
学級会議や、臨時に対応する時間に
振り替えられていました。
『道徳』の教科書、
学校で使う事はほとんどなかったです。
開いたことない、って人もいました。
何のために教科書があったんですかね。
学校の先生は、
そこに何も感じなかったのでしょうかね?
私は、ほぼ全て読破してました。
『道徳』が一番好きな教科だったんで。
本当の意味で。
柳生忠司さんのYoutube動画、
最近よく見ます。