チェンマイ大学で解剖生理のお勉強

献体を用いて肉体の細部を見ることができます昇天


献体とは何かわかります?

生前の本人や家族の意思と許可を得て

死後の肉体を医療機関に預けることを意味します指差し

日本で看護師をしていた頃は

献体、臓器提供、移植に関わっていたので医療職程度の知識はあった私

看取りや死後の処置も数多くしてきた

なんで大学での授業はさほど抵抗は無かった

進んで見たいとも思わなかったけど凝視

授業なら仕方ない


今回チェンマイに集まったITMのメンバーは献体に接するのは初めてな人が多かった

大丈夫かなあ

繊細な方もいるので

ちょっとだけ心配になる


ITMからは献体に捧げる花を配られる

授業前に黙祷をして講義が始まる

この写真は解剖室前で撮影したもの

入室直前の一枚だ

ここで撮影するのはどうなんだろう真顔

ITMの拡材の為になるとは分かっていても

内心は嫌だった凝視

日本人の私には

死者を悼む行為ではないと感じた

笑顔になんぞなれるもんではない



ここからは

写真撮影は禁止

スマホは大学スタッフに回収される


いざ入室すると

思ったより広いワンフロアに

思ったより沢山の献体が並んでいた

ストレッチャーに乗せられた献体が

10体以上は整然と置かれていた

納体袋に覆われて直接は見れない


講義で触らしてもらったのは2体

比較的新しい献体だそうな

ホルマリン処理が済んでいて

皮膚は茶色に変色しており

臓器や神経は萎縮していた

タイの医療スタッフは熱心で

筋肉や骨の構造や

内臓や脳の仕組みを詳しく教えてくれる

ほとんど生徒は授業に熱心だったけど

献体と距離を取る生徒や

退室した生徒もいた

そりゃそうだろう

表情筋が残るくらいの生々しい献体だ

顔を見てタイ人だと分かるもの煽り


慣れたスタッフはザクザクとピンセットやメスで刻んでゆく驚き

大脳をお手玉のように扱いながら

質問はあるかしら?

なんて聞いてくる無気力


こんなの感情が混乱しちゃうよね無気力


授業は無事に終了

みんなホッとしてる


けど なんとなくしばらくもやもやを抱えてしまった

タイ住みの長い講師から

タイ人の死生観をおしえてもらった

そもそもタイの死に対する考え方は日本と違うみたい

同じ仏教でもタイは輪廻転生を強く信じていて

今世が終われば直ぐに来世に意識が転換するみたいだ

なんで今世の死は重要視されないようだ

そして死をタブー視してないので

バンコクには死体博物館があったり

ニュースでは死体にモザイクをかけない

このチェンマイ大学でも死体博物館を増設中だったし

道端の動物の死骸も特別視してない

ある意味 来世を信じる仏教信仰の力が強いのだ

死はただの肉体の停止で

魂はさっさと次の展開を進んでいる


私は日本人で看護師なもので

亡くなった患者の遺体を

家族と綺麗に整えた経験が

何度もあるからだろうか

遺体に魂は入ってないのは分かる

だからといって

日本じゃタイのようにはいかないなあ

文化と信仰の違いだ

西洋の方は体格が立派

白衣がよく似合う

小柄な日本の医者のなかには

白衣に着られてる先生たちがいたなあ


結局もやもやの解消のために

休日にチェンマイの寺院に寄り

献体になった人たちの冥福を祈りに行ってきたぞ昇天

日本人の私がお経を唱えたとこで

意味はないかもしれない

しかもチェンマイの寺院で

日本の様式を持ち込んで

般若心経をあげて

タイの僧侶に叱られるかもしれないなあ

日本では般若心経をあげると仏さまが喜ぶって聞いたし

思いつくまま目立たないようやってみた

生きてる人間も死んだ人間も楽になりますように花

余計なお世話を焼きに行ったもんだ

何してんだかなあ 私は真顔