平成30年現在、外交当局において進められている議論が北方領土問題である。最近の報道によるロシアの外交責任者の言説は、正しい側面があると思われる。「第二次大戦の結果」というのは、単にポツダム宣言の受諾内容ということで考えるのではない。帝国主義的な覇権時代、植民地化による拡張政策から、各民族の独立への転換点になるという結果について、道義的・倫理的に観ることができるからである。
平成年間以上に、相互の情報や運輸流通がより不確かな時代に、各国は権益と不安性から安全保障の観点によって、領土拡張と多民族への介入が行われた。第二次対戦の結果は、そのような基本的な独立的存在である他民族および固有の領土に対して、支配的になることを慎むということである。そして、当時の覇権主義が誤った行為であったということが、道義的・倫理的に無条件的に抽出される結果となる。
そのため日本が対峙的立場により、昭和初期の日本の戦争を公式的に正しいものと主張する場合は、ロシア(旧ソ連)が固有の地ではなかった北方領土を、覇権主義的な安全保障上で領有することも正しい道筋になると考えられ、肯定することになる。逆にロシアが一方的に北方領土を自国の領土と正当化する場合は、植民的な拡張政策時代の歴史的継続性を反映するものとなるため、当時の日本の戦争行為は、歴史的に安全保障上で必要な措置であったということを結果的に立証することになるのである。(裁判法での命題としては、自身による自己に不利益な証言というものがある。)
よって、そのような周辺の独立した領土を有する諸民族国家への、植民地化による拡張主義は、正しいものではなく、各々が独自の尊厳や文化を保ち、平和を希求する交流のもと尊重されるということが、様々な立場を超えて無条件的に考えられることである。そのため、一例として、このように受け容れる場合は、拡張主義的な戦争行為としての日本の立場(日独伊三国同盟を含む)は、現代的な視点からでも正しいものではないとされ、ロシア(旧ソ連)の北方領土の支配継続も正しいものではないと考えられる。
無条件的でなく考える場合というのは、敗戦国の戦後賠償的な領土割譲での樺太などの扱い方や、各契約的合意内容による条件である。合意というのは信義則により成り立っており、信義則が成立しない状況では、その効力に疑惑が残り、所与の問題事例が論客により議論されているものと思われる。
またロシアにも世論などの国内事情があるため、日本の都合のみでの解決方法では、平行線を辿ることは、戦後に残された問題として歴史的に証明されている。安全保障上や権益の道義的問題、歴史的な領有の経緯についての倫理的な尊重など、実効支配を強化する現在のロシアに対して、不利な状況がある。歴史的視点での指導力による打開がされるのか、興味深い注目点になる。