月に一度は京都に泊まる。蛍池あたりの定宿と、街中の空いているホテルとを、

そのときの予定や空き具合によって、使い分ける。

街中に泊まれば、日の出の頃に起きだし、観光客に占領されてしまう前の

まあたらしい京の街を、鴨川の河畔を、堪能する。


この季節だと、5時半にはいったん宿を出る。

四条河原町に人はまばらで、夜通し働いた若い男女が、お疲れさまを言い合って、家路につく。

髪だけは結いあげたまんますっかりと化粧をおとし、普段着の小紋に羽織をひっかけた舞子さんが、

コンビニで買い物をしていたりする。


鴨川の河畔に出ると染井吉野はほぼ終わり、紅枝垂れ櫻が、朝風に枝を揺らしている。

四条から北へ向かって歩く。

風が強くなれば、花吹雪。


川原には、夕方ともなる川に向かってわんさと腰を下ろしている

老いも若きも純も不倫ものカップルたちは一組も見当たらない。

二人組となると、それは、歩調を合わせて

健全なる朝の散歩をしている夫婦、だろうか。


そのほか出遭うのは、日課なのだろう、

川原の祠のお地蔵さまに

真摯に手を合わせているおばちゃん。

トレーニングウエア姿のおじいちゃんが

腰を折って地面を見ているその足元には、

孫のために四つ葉を捜しているのだろうか、クローバーの群生。


夜は煌々と灯りをともし、川の夜風と共に食事を

楽しむ人でにぎわう右岸の飲食店も、

朝陽を浴びて、しん、と静まり返る。

きのうの賑わいも、人々が置き去った澱もなにもかもが

すっかりと消え失せ、またあたらしい一日がはじまっている。


その一軒の窓際。窓を開け放って、東に昇ったばかりの

おひさんに、和服姿の女将も手を合わせている。


川に目を落とせば、この春産まれたばかりの

いたいけな小鴨三羽が流されぬよう必死に足をばたつかせている。

その側には取り囲んだカラスの襲来からわが子を必死に守る親鴨。


秀吉に秀頼が誕生し、出家させられたのちに切腹した秀次。

その首を晒され、秀吉の命によりその一族、

幼子も姫君も含め39人が惨殺された三条河原も、

いまはその遺恨の跡形なく、ただただ春の歓喜に満ち溢れている。


出町柳で河原を逸れ、下賀茂神社に参って、また、鴨川沿いを四条まで戻る。

ついでのことに、と、円山公園の枝垂櫻が散ったのを見届け、八坂さんの

中を抜けてさらに下り、高台寺の山門をくぐり、参寧坂を昇り切って

早くから空いている角の七味屋で七味といなり寿司に入れる麻(お)の実を

求め、夢二が彦乃とつかのま暮らした寓居を右手に見ながら二年坂を

下って、宿に戻る。ここまでで午前8時。


四条河原町にはそろそろ、人がまばらに現れはじめる。

さて、そろそろ宿を引き払い、

俗世となる街中を離れ、

鞍馬の山を越えに行こう。