梅雨の頃に道で出会うと、肩をぐいと摑まれ、
一気に過去のある地点に戻される、そんな香りがある。
湿り気を含んだような甘い香り。山梔子だ。
この花と最初に出会ったのは、小学校六年の時
。クラスメートの男の子のお父さんが突然亡くなった。
みっちゃんというとても目の大きな男の子で、
勉強は出来なかったけれど、サッカーも野球も水泳も、
スポーツならなんでも来い。が、なにより気性が
からりと明るい。みっちゃんがいるだけでクラスが華やいだ。
クラスメート全員で出席したお葬式。
市街地からほど近い峠の上にある仏心寺という
お寺の境内に入ると、一帯、甘い香りが満ちていた。
だれかに、境内に咲いてこの香りを放っている
白い花はなんという花か、と尋ねたのだと思う。
その時、
山梔子は私の中で、近しい人の死、
そして「仏の心」という字と結ばれた。以来、
その香りに出会うと、心はいつでも瞬間に、
この時のお寺の境内へと誘われる。
半ズボンの黒い学生服の上下を着た小学生の
みっちゃんは、この日ばかりは祭壇の横で
ちょこんと正座をして、しん、と俯いていた。
忌引きを終えて登校を始めたみっちゃんは、
表面上はいつものみっちゃんに戻ったように見えた。
近しい人が死ぬ。遺されたものの生は
あたりまえのようにそこにあり、続いていく。
山梔子は、私の中ではいつも
生と死の境目に咲いていて、
この世のものとは思えぬような甘い香を放っている。(終)
(産経新聞2013年7月2日「夕焼けエッセー」掲載)