ちょっこし、いきがって生きてる
オトコって生き物は、面と向かって
本音を手放したりはしない。
レストランだか寿司屋での食事も終わって、
行き場もないもんだから
いつもは左手の中でころころ転がしている本音を、
ひとつ今夜はどこかで、
ころん、
と手放してみようか、なんて思っている。
隣にいるのは、わかっちゃいながら、
オトコがいつも理不尽な思いをがんがんと
ぶつけてしまう、いつものオンナ。
オトコの左手のなかのころころが、
きょうはいつもに増して転がっている。
「もうちょっと、やってくか？」
オンナに声を掛けて立ち寄った
バーのカウンターに、横並びに座る。
オトコは右でオンナは左。
マティーニを二杯飲んで、オリーブの実をかじった後で、
とりどりのボトルが壁を作っている
正面を見据えたまま、
オトコは左手から、
本音をころん、と手放した。
カウンターの上を、
オンナのほうに向かって、
オトコの本音が転がる。
いつもいきがっているオトコに慣れきっているオンナは、
転がってくるものが、オトコの本音だとは
一瞬、気付かない。
オトコの本音がオンナの前を
ころころと通り過ぎてしまう、その、
すんでのところで、
オンナの左手がカウンターの上に伸びる。
しっかりと、摑む。
間に合った。
本音を転がしたほうのオトコは、
きまり悪そうに、
それでも、
少し肩の荷を軽くして、
次のマティーニを
頼んでいる。
オンナは、摑んだものを、
愛おしそうに掌で包む。
やわらかい。
あたたかい。
この掌の中にあるものを、
オンナは大切にごくりと呑み込む。
隣のオトコがいつか
いなくなってしまっても、
オトコが転がしてくれたものだけは、
自分の中にいつまでも残っているように、と。