壁にぴったりとくっついた長机にケイコさんとアキエさんが

座っている。机の上には、高さ15センチほどの手作りの

ガラスの花瓶が、窓からの光を吸い込んでいる。

無造作に一本だけ生けられているのはチロリアンランプ。

鮮やかな赤のパフスリーブの下に、黄色のフリル。

この3センチほどの花のすそからは、妖精の足のような

めしべがのぞいている。


五つほどついた花の見た目は、ちいさな踊り子たちだ。

ここは、レイコセンセイのアトリエ。

どちらも幼い孫のいる姉妹、ケイコさんとアキエさんが

チロリアンランプのデッサンを終え、各々のパレットに

水彩絵の具をだしている。


レイコセンセイは、還暦を迎えたばかりの絵描きさんで、

制作の合間に絵画教室を開いている。

アトリエは、なんとも器用なご主人がとんてんかんてんと

こしらえた、間口3メートル、高さ5メートル程の、

箱のような建物の二階。四方の白い壁すべてに、アルミサッシの

窓がついていて、陽がある間は、なにせあかるい。


「ここにいると、朝焼けから夕陽まで、一日すべての時間の流れがわかるの。

 季節の移り変わりも、ね。」


 ほんわりと笑って、おだやかな口調で品よく話す

 レイコセンセイは、すでに成人したアキエさんの娘さん

 二人に絵を教え、 わたしの娘もお世話になった。

 ケイコさんはアキエさんのお姉さんで、

 幼い頃は、ケイコさんが年少のアキエさんを負ぶって

 遊びにいったという二人は、とても仲がよい。

 

 アキエさんとケイコさんが絵を描いているときに向かう長机。

 その机がくっついた背後の壁の上の方に、アキエさんの長女が小学6年の

 ときに紙粘土でこしらえて色を着けたキリンの顔がかけてある。

 長い睫毛のしたの愛らしい瞳は、いまにもばさりとまばたきをしそうだ。

 

 キリンのほかにも、幼い子がクレヨンでいきいきと

 描いたおとぎの国や、おととし、アトリエの前の道路で

 車に轢かれて天国に逝ってしまったセンセイの飼い

 犬、チビの水彩画。美大を目指す高校生が、

 渾身のタッチで描いた石膏像のデッサンなどなど、

 壁のギャラリーは、描いた人の描いているときの

 息遣いまでが聞こえてきそうな作品で埋まっている。



 鑑賞専門で、全く絵を描かないわたしは、

 天気のよい日にときどきぴこんとやってくる

 センセイのお誘いメールにつられてひょっこりと

 アトリエにお邪魔する。


「今日は、アキエさんたちが絵を描きに来られます。

 お時間あれば、お茶をご一緒しませんか?」


 センセイのメールが届いた後、ときに、アキエさ

 んが、うれしい追い討ちで、


「待ってますから、早く!来てください!」


 と、ハートマークの入ったメールをくれる。

 アトリエでのわたしは、ケイコさんとアキエさんの絵の

 仕上がり具合ににわくわくしたり、

 先生と他愛のない話をしたり、季節季節の窓か

 らの景色を楽しみながら過ごす。



 田園風景の中にちょこりんと建って

 いるアトリエの窓の外には、今の時期なら、

 日に日に輝きを増す金色の麦畑が広がっている。


          


           (「センセイのアトリエ(2)」へつづく)