旅先で思わぬ鉱脈と出会えば、この上なく嬉しい。

運命の出会いのお相手は金銀の鉱物ではない。

初対面であるにもかかわらず通い合うもののある人であり、

]いつまでもそこにとどまっていたい、

と心底惚れ込んでしまう場所である。


  十月初め。花火師たちが技を競う競技会で有名な街、

秋田県の大曲を訪ねた。大曲駅前に着いたのはお昼時。

まずは食事を、というところだが、私には行きたい

カフェがあった。大曲の友人と、夕方に駅前で

待ち合わせをしていた。 友人によれば、そこは、

  兼松園というお茶屋さんが営んでおられるカフェで

「古い商家をそのまま使った、中国茶を楽しめるカフェです。

座敷もあり、ゆっくりできますよ。」

とのことだった。


駅を背にして花火商店街を抜け、真っ直ぐに進むと、

丸子川を渡る。橋の上からは、太平山連山を含む

美しい山並みが見える。川を渡りきると、角が

茶房Batikだ。


程よい木陰の後ろに立つ年期を経た木造家屋の佇まい。

店の前に漂う、しん、と落ち着いた空気。

一目惚れだった。

 


時間通りのちゃんとした食事か、直感が騒ぎ立てる

鉱脈らしき場所か。旅先でどちらか選べ、といわれたら、

私は鉱脈発見の可能性に賭ける。満腹よりも心の満足、だ。

 


茶房の扉を開けた。入ってすぐは土間で、

川が見える窓際のテーブル席が二席。

あがり框をの向こうは、二間続きの大小の和室。

  大きな和屋には囲炉裏があり、その奥には長方形の座卓。

  大きな和室の奥は廊下で、突き当りのガラスの引き戸

  越しに純和風の庭が見えた。

 

  五十代くらいであろうか。物腰のやわらか

  な女性店主の勧めで、囲炉裏横の座卓に腰を

  下ろした。 と、どこからともなく黒猫が寄

  ってきた。ビロードのような色艶で、恰幅も

  いい。名前を尋ねると、

  「『モンク』です。」

  と店主が教えてくれた。

  「Monk。『修行僧』、ですか?」

  と聞くと、店主は、

 「修行僧にしては、なんだか落ち着きがないんですけれど。」

  と微笑んた。飼い猫の名には代々、「ン」が

  付いているそうで、前に居たのは「ドン」で

  した、とおっしゃる。「ドン」といえば、が

  はじめて飼った犬の名です、などと話がはず

  む頃には、掘り当てた金銀にも勝る鉱脈に狂

  喜していた。


結局、Batikの、おしるこの上にお茶屋さんならではの

濃厚で薫り高い美味しい抹茶の層のある抹茶しるこ。

ほどよくブルーベリーの粒の入ったチーズケーキ。

それに、一度出したら出涸らしになる英国紅茶と違い、

なん度出しても美味しくいただけるという中国紅茶。

温かみ溢れる店内の雰囲気。果ては音楽から好きな本に

  まで広がっていった店主とのお喋りで、満足

  の上にも満足を重ねた私は、夕方までの時間

  を、ずっとBatikで過ごした。仕舞には

  先に出て行くほかのお客さんに、

  「ごちそう様でした。」

  と声をかけられた。根っこを生やしてあまり

  にも馴染んだものだから、店の人と間違えら

  れたらしい。

  


  今度訪う時にはただいま、と言ってしまい

  そうだ。それほどに、遠く隔たった旅先の鉱

  脈、Batikのすべてが恋しい。