私が初めて池の平に行ったのはもう35年ほど前である。
学生時代の夏合宿で剣岳の北方稜線と呼ばれるルートをたどって立ち寄った。
眼下に平の池と呼ばれる池と緑の湿原がありまるでアルプのハイジが出てきそうなのどかな雰囲気だった。
池の平小屋は手積による石垣に囲まれたいかにも避難小屋というたたずまいで一見して営業しているようには見えなかったが古びた小屋の裏からは登山客のために風呂を沸かす煙が立ち昇っていた。
その昔近くの池の平山からモリプデンというレアアースが採掘され鉱山の作業小屋として建てられたという歴史がある。
その小屋の前で長くのんびりとした休みを取った。
小窓の雪渓から吹き上げる風の音が心地よく午後の光の中で午前中に攀じたばかりのチンネと呼ばれる岩峰が雲を切ってそそりたって見えた。
ところで剣岳本峰はここからは見えない。
ただ八つ峰と呼ばれる岩峰群が屏風のように広がって見えているのである。
その光景があまりにも神々しくて初めて見る人は圧倒されてしまう。
まさしく”圧倒されるような雪と岩の殿堂”なのである。
それこそが裏剣が人々を魅了する理由だと思った。
池の平は仙人が住んでいそうな神秘的なところであったが私たちはしばし至福の時をそこで過ごしベースキャンプがある真砂沢へと帰った。
それから2年ほどして山岳部の後輩と再び池の平を訪ねる機会を得た。
剣から穂高までの後立山連峰を写真撮影を目的に大縦走しようという作戦であった。
その時は富山のうなずき温泉からトロッコ電車で欅平まではいり水平道と呼ばれる関電の作業道12Kほどを阿曽原小屋まで歩いた。
断崖絶壁に掘られた小道であったがまさしく仙界への入り口だった。
そして2日目に仙人山に入ったのだが重い装備と急な登りで疲労困憊しさすがに疲れた。
あいにく八つ峰は濃いガスで隠れて見えなかったが小窓の雪渓を駆け上がる上昇気流の風の音は不気味に聞こえた。
3日目は晴れを期待していたのだが夜明けから雨だった。
晴れていれば池に映る朝焼けの八つ峰が写真に収められたのに残念だった。
それから何回か池の平を訪ねる機会があったのだが朝焼けに輝く八つ峰はとうとう見ることができなかった。
最近ではもう10年ほど前だが立山へ春スキーへ出かけた。
スキーといっても室堂から弥陀ヶ原まで緩斜面を滑るだけでリフトはなくバスで上り返すという繰り返しで2回も滑れば飽きてしまう。
そこで私は家族をホテルに残し剣岳がよく見える展望台に行った。
黒い剣岳は別山尾根のむこうに雲をたなびかせて静かにたたずんでいた。
そして剣岳の向こうには雪深く埋もれた池の平小屋があり今日も朝日に輝く鋭い八つ峰の岩峰群を見ている岳人たちがいるに違いないと思った。
私はついにそれを見ることはできなかったのだが山の神様がなにかひとつ願いをかなえてやろうと言ってくれるのであれば朝焼けに染まった裏剣を池の平から拝んでみてみたいものである。