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日々のgudagudaを綴るのだ

ブログタイトルを変更しました。

今週、5回目の月命日の日がきます。

カレは(正確にはカレの遺骨)今どこにいるんだろう。

 

まだ自宅にいるのかな?それともどこかに納骨された?

 

カレが亡くなったことは本当に哀しいし、

もう会うことができないと思うと寂しいけど

 

この気持ちをここ以外でだれにも吐き出すことができず、

 

二人の関係上どうしようもないことだけど 

なんだかなあって気持ちにもなります。

 

最後にあってから、カレがなくなるまで2年近くあって

カレからのメッセージは「しにたい」とか「おはよう」がほとんどで

カレの私に対する心境の変化は、知ることができなかったけど

 

最後まで「わかれよう」とか「もう連絡しないで」と言われないで、

終わることができて、

 

私は、本当に有難く思っています。

 

 

 

 

 

久しぶりにカレが夢にでてきてくれました。

 

起きた後すぐに夢の記憶がなくなっていってしまいましたが、

いっぱいカレと一緒にいれたことは覚えている。

 

外からカレの様子をみている感じではなく、

 

エッチなこともしてあげれたし(笑)

ファミレスみたいなところでいっぱい話して、

ドーパミンがいっぱい出てるのも実感しました。

 

唯一覚えているくだりが、

ファミレスみたいなところで向かい合って話しているときに、

カレのことも知っている奥様の友達がやってきて、

わたしたちのことを怪しいんじゃないの?っていって、カレの隣に座って、

会話に参加してきて、

私たちは別にそんなんじゃない、普通の友達だよーみたいなふりをしてた。

 

夢の中でも脳内ホルモンでるし、

その余韻って起きてものこるんだなあって実感しました。

 

また夢にでてきてね。

 

 

 

 

 

 

カレの亡くなった日が判明しました。

9月の終わりに最後の言葉にならないメッセージが来て 

そのあと2週間近く頑張って、その後天に召されたみたいです。

 

私とカレは大学時代の友人ですが、

クラブも学科も一緒でなく、カレの親しい友人との認識もないので、

どうしようかと思いあぐねていたのですが、

 

カレのFacebookのタイムラインに

追悼コメントをされている会社関係の方がいて、

その方に友達申請とメッセージを送って、亡くなった日と

お墓とかわかれば教えてくださいと伝えました。

 

大学時代の友人で年賀状のやりとりをしていたけど、

突然喪中ハガキがきてびっくりした。

Facebookに追悼コメントされていたので、

もし何か知っていれば、教えて欲しいと。

 

その方はカレの同僚で、勤務地は違うみたいですが,

社内メールでカレの訃報を知ったそうです。

 

普通休職半年くらいで退職扱いになるのかなあと

漠然と思っていたので、その会社の社員のまま逝けたのは

良かったなあって思いました。

 

週末にその方と連絡とって、

週明けには社内メールを確認して連絡します

と返事をいただいていたので、

 

週があけても返事がこなくて、やきもきしましたが、

なんとかカレの亡くなった日を教えてもらえました。

そして、墓所は現時点では決まってないということも。

 

墓所いつか分かって、墓参りができればいいなあ。

 

なくなった日がわかって、

とりあえず一区切りとなったような気がします。

 

もう私に今できることは何もない。

 

亡くなった日がわかったので、

月命日や命日には特に冥福を祈ろうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に逢ったのは一昨年に12月になった。

 

去年のバレンタインは、チョコレート渡せると思っていたので、

買っていたけど、結局会えずに、送った。

 

春くらいに入院して、私が会える状況には

2度とならなかった。

 

進行性の病気だったので、現状よりよくなることはなく、

退院して自宅介護になる可能性はあったけど

より会えないし、

 

もう二度と会えないとは思っていた。

 

毎朝送る「おはよう」は生存確認を兼ねていた。

 

「おはよう」の返事が返ってこない日もあって、それは、

体調がわるいのか忘れていたのかわからないけど

何日も途切れることはなかった。

 

9月30日「か」「こか」「さ」「き」「ここ」「か」

 

この言葉を最後にカレから二度とメッセージがくることはなかった。

 

5日たって、やっとスマホがカレの支配下にないことを確信した。

 

もう2度とカレに連絡をすることすらできない状況となった。

 

それから一ヶ月以上生きているのか亡くなってしまったのか

わからないまま日が過ぎていった。

 

喪中はがきがこなければ、ずっとずっと、

「生きているのかなあ、死んじゃったのかなあ」と

思いながら毎日を過ごしていたんだなあ。

 

はっきりと現実を知ることができたのは嬉しいけど

やっぱり淋しいよ。

 

生きていたら奇跡が起きたかもしれない。

生きてたらたとえ会えなくても連絡とれなくても

一緒の世界で生きていれたのにね。

 

 

 

 

 

 

 

 

残念ながらやはりカレはこの世界から存在しなくなっていました。

ご家族から喪中はがきが届きました。

10月に亡くなったそうです。

気をつけていたつもりですが、改めてカレの
Facebookをみたら、友人が
10月13日に追悼メッセージをあげていました。

最後に訳の分からないメッセージが来たのが9月30日。
返事のない「おはよう」を送ったのが10月5日まで。

どのタイミングで亡くなったんだろう。
でもこの1ヶ月はもう存在してなかった。

10月10日と先週の土曜日はカレの家の前と病院を通りました。
その時カレはどこにいたんだろう。

先週カレよりも若い歳の職場の同僚が亡くなって、
お通夜に行って、悲しくて辛い思いをしたけど、
その時カレはまだ生きてるんだろうか
生きていて欲しいと強く願ったけど
その時はもうカレはとっくにいなかったんだな。

カレのFacebookをみると
いっぱいオンナがいた痕跡が残っていて
嫉妬と憎しみと愛憎入り混じった気持ちになります。

こんな時に憎い感情を思い起こさなくてもいいのにね。

普通に喪中はがきを送ってくれた事に感謝します。
住所は去年引っ越す前のもので転送されてきました。
引っ越した時はもう入院していて今年は年賀状も
来なかったから、
カレの住所録のメンテナンスがされてなかったんだと思う。

怪しいと思いつつ、でも送ってくれたのか
気づかずに送ったのかどうなんだろう。

オンナいっぱいいすぎて紛れてたならいいんだけど。

もし意図的に喪中はがきを送るのをやめられてたら
私はカレの死を知ることができず
悲しむことすら出来なかった。

カレの生死がわからないまま
カレの生死がわかるかもと
年賀状を送り続ける事になってた。

全部わかった上で、カレの最後に手を合わせてください
って連絡が来たらどうしようかなんて
想像もしてみたけどそれはさすがになかったな。

このまま表面上は
何もなかったかのように過ぎればいいんだけど
どうなることやら。

今はただやっと
カレの冥福を祈ることができます。