ここにくるのはご無沙汰です。


気づいたらもう、私は大学生になってました。


このブログを書いていたころは、養成所に通ったり、部活に行っていたり、

そんな中で進路について悩んでいた高校生でした。


あの頃は、きっとたくさん悩んだ。悩みました。


進路はどうしよう、なんて当たり前でありきたりなことから、

部活に行きたくない、とか

遅刻癖が治らないけど大丈夫か、とか。


今となっては、全部解決もしっかりさせずに置いてきてしまいました。


私は今、大学生として社会福祉を学ぶ一年生だし、

部活はちゃんとやり終えて、卒業式には後輩たちに見送ってもらえた。

遅刻癖は治っていないけどなんとかなってる。


そんな風に毎日を送っています。それで大丈夫。


大学を決めたのは、きっとものすごく酷い理由でした。

その大学の指定校推薦が来ていて、簡単に受験が終わると思ったからです。


確かに、結果だけ見れば簡単でした。

周りのみんなみたいに、推薦枠を争ったりもしなかったし、ね。


けどやっぱり敵はいました。

面接練習で指定された先生が、「あなたは(社会福祉に)向いていない」って、

面接本番の3日前に言うんですもん(笑)

あの時は本当に泣きました。

今まで溜めていた分の涙も全部流したんじゃないかってくらい。


それでも、担任の先生、友達、保健室の先生。いろんな人が私に優しくしてくれた。


傷を負ったのは3日前で、その傷が癒えたといえるのか分からないまま、

私は面接試験本番を迎えました。


どんな内容の面接だったかは、ここでは書くほどのものじゃないけど、

結果は合格。その後の授業料免除試験も無事合格。


私は、私の願う形で大学に入学しました。


「向いていない」なんて言われたけど、

結局大学ではそこそこにいい成績で通っているし、私は何とかなっています。


本当は、受験するのには迷いもありました。


確かに試験に合格することは、

周りの友達でさえ「大丈夫」というくらい簡単なことでした。


その大学は自分の高校と比べて、偏差値が低すぎたのです。


なので先生には最後まで止められました。

周りの人にも、いつも口を出してこない両親までも志望動機を問われました。


それを押し切って、私はここにいます。



なんて言うけど、ほんとはそんなに堂々としてないし、

今では「そんなことあったなあ」くらいにしか思っていません(笑)


何が言いたいかって、

今何があっても、学生のうちはこれからの人生が終わるような失敗はないと思うのです。


まだ学生の方にしか言えない言葉になってしまいました。

それに、まだ私自身が学生なので、あんまり望ましくない言葉ですね。


でも私はそうだと思います。

私は今までの学生生活でたくさんの失敗をしてきましたから。


そして、それはいつか失敗ではなくなる。


そう考えています。


いつかはわからないけど、いつか。

その出来事がいいことにつながる、ということかもしれないし、

ただ単に忘れることで失敗という出来事がなかったことになるだけかも。


それでもそうなることは、必ずその人の肩の荷が軽くなる。

そうに違いないと考えるのです。


それでいいじゃないですか。


その人はきっと、その日から少しだけ気楽に、幸せに生きられます。

それで笑顔が見えたら、私が幸せです。




とっても長くなってしまいました。

気づいたら大学生になっていた私は、いろんなことを文字に起こしたかったのでしょう。


もしこれを、今受験生の方が見ていたら、


本当に、自分のやりたいことができるところに、

周りの言葉の力に負ける前に、自分の気持ちを大事にする。

その道が例え周りと違っても、自分がやりたいことのためなら曲げないで。


人によっては難しいことなのかもしれないけど、

それができるのは自分しかいないから。


今回の最後。

私は今、世間から見たらとても低い偏差値の大学で社会福祉を学んでいる途中です。

それでも、私はこの大学に入ったことを後悔していない。


先生はたくさんの生徒の名前を全部覚えちゃう、頼れるかただし

いままで社会福祉のことをこんなに話せる友達はいなかった。

基礎教養のレベルは確かに低かったけど、

専門知識はすごく内容が濃くて面白い。


自分で決めた道を、「ダメだった」なんで言葉で片付けたくない。


私のわがままかもしれないけど、私はそういう風に生きてきた。

それで何とかなるのだから、


あなただって、好きなように生きればいいのです。



さあ、明日も。