自分は霊が見える、娘は見えへんけど
孫も見えるみたいで

おばーちゃん、二階にだれかおる、
いうねん。笑」

というおばーちゃんがいました。

しゅうとめさんがなくなったときも
階段をズルズル上がる音が
聞こえてきました。

「はじめはうっとおしい顔してるねんけど、
だんだん笑顔になってくると成仏したんか
でなくなる」

わたしのおばの幸さんは
死んだ父方のおばーちゃんに「孫を頼む」と
腕をつかまれる夢をみて

夢なのに手が暖かかった、だから
わたしを育てた、っていう話しをすると

「まあ、夢に出るのが霊には
一番都合いいねん、

普通に出たらびっくりするやろ。笑」
と言われ納得しました。

幸さんがなくなるまえ、

わたしを溺愛してくれ
亡くなった父方のおばーちゃんが
夢にでてきて

いつもおばーちゃんちで紅茶飲んでた
てんとう虫のカップがでてきて懐かしくて

わぁ!これいつも飲んでたかっぷ!と喜んでみたらおばーちゃんが見たことないくらい無表情で、

おばさんとこ行きや!と言ったからてっきり
なくなった富美おばさんのことかと思いました。

そしたら幸さんが一週間くらいして亡くなり
おばさんってそっちか。。

おばーちゃんが無表情だったわけが
わかりました。。。

母もガンでどっちかがやばい?!と
ドキッとしたけどわたしは
母かと思っていました。

でも一年前におばがわたしのうでのなかで小さくなっていく夢もみていたから
いろいろご先祖が教えていたのです。

おばがなくなってからは笑顔で夢にでてきて
「電話にでてや」といわれました。

鏡に入っていく夢も見ました。

和歌山の串本で散骨してから
すぐ翌日和歌山の紀伊水道震源で
地震があって
びっくりしました。。。

もう、なにが正解なのかわからず
毎日が手探り状態です。

アスペルガーもあり、全く鈍感で
人の気持ちどころか自分のことも
わからないです。

おばが死ぬなんて思ってなかったし
一年たった今もまだ受け止めきれません。

おばの人生、一体なんだったんだ
と叫びたいくらい。

愛情いっぱいのおばがこんなにあっけなく
いくなんて本当に無念でなりません。

わたしはいつも試していたのです。

おばが本当にわたしを好きか、
だからいつもそっけなくわざとしてみたり
一緒にいても冷たくしていました。

最後もそう。
ひどい仕打ちばかりしました。

おばも、看護師さんにわざと
わたしを馬鹿にする発言をしていました。

わたしの写真を持っているなんて
思ってもいませんでした。

ひとめでもいいから会えるなら
素直になりたいです。

ずっとお試しばかりして
母にもイヤミ、職場の人にもダンナにも
ヨソヨソしい、

どーせおまえらはわたしが嫌いなんだろ!どーせキラわれてるからと避けて逃げている人生。

そのあいだにも、別れのタイムリミットが
やってきます。

いつか、2度と
ごめんね、も
ありがとうも
言えないまま別れの日が来る。。。

地団駄踏んでも後の祭り。

だからいま、言わなきゃ。

ありがとう
ごめんね。

じゃなきゃ手遅れになる。
もう、2度と届かないまま
暗闇にひびくだけ。

ひがんで生きるも一生
甘えて頼るも一生☺︎