『私は誰なんだろう』
自分を語るにはこの言葉しか思い浮かばない。
1980年代前半、この世に生を受けた。
父は世間一般に名の通った企業に勤めている平社員、母は専業主婦、4歳上に姉が一人。
そんな普通・・・いや、一般的な家庭。
だけど、何か違和感があった。物心ついた時から・・・
昔、私は我が強くて人より目立っていて・・・いや注目を浴びたかったのか・・・?
とにかく、良いように言えば活発な子供。言い換えれば、我の強いうるさいクソガキ。
でも、それは外での自分。
家に帰れば、固定観念の強い(大日本帝国憲法入ってんじゃない?って位、融通の利かない、自分の考えがすべて)父、それに強く文句は言えないような母(経済的には父が稼いでいたから、ある意味どうしようもなかったのかもしれないが)不思議ちゃんの姉(今も昔も、自分を良く見せよう、お嬢様に見られたいなど、頭の中お花畑で生きてます)がいる中で、自分の思いや考えを出せずいつの間にか親の顔色を伺う生活になっていた。
何かやりたい事があっても、全て否定。
欲しいおもちゃや服があっても誕生日かクリスマス。(これは一般家庭だとそうなのかもしれないので否定はしないが、よそ様の家庭を知る年頃・・・幼稚園や小学校に行ってからはちょっと特殊なのかもしれないと思うようにはなってしまった。ただ、純粋に友達の言葉を信じすぎただけかもしれないが)
ましてや、欲しいおもちゃを誕生日かクリスマスに希望しても、『そんなものは赤ちゃんが持つおもちゃだからダメ』などと否定を受ける。。
三つ子の魂百までもの精神で、食事の際に粗相(正座を崩す・肘をつく・茶碗をもたない)をすれば手が飛ぶ・・・(犬食いしてるわけではなく、気が緩んでた場合がほとんどです)
勉強が理解できなければ外に出されて鍵閉められる・・・(これは父も母もそうだった)
地頭が良かったのか、最初の子でしかも女の子だったからか。。。姉がこのような状況になったのは見たことがない。。4歳も上なら、当たり前かもしれないが。。。
まあ、とにかくやる事なす事、気に食わないし否定する。
男の子が欲しかったのに、生まれてきたらまた女じゃガッカリするのはわかるが・・・
わかるが、生産したのは自分だろう。。
あたしは親のおもちゃじゃないんだし。
しかし、親は対人間であるとは思っていなかったのかもしれない・・
自分が望んで作った子供。。
だけど、意思のある人間というよりは言う事きいて、その通りに動くロボットかペットの感覚に近い考えだったのだろう。。あたしの親は。
そんなこんなで、人の顔色を伺い人の考えを読むことを身に着けたクソガキ時代。
それは今も変わらないから恐ろしい。
呪縛のようなものなのか?
家をでて18年になろうとするのに・・・未だにその癖が抜けずにいる。