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幽玄でございます。
昨日は熊本で地震がありましたね。
その時私は風呂に入っていましたが、風呂上がり後に携帯を見てみたら、ホーム画面に『熊本で震度7の地震』のアラート表示には本当にビックリしました

慌ててテレビを点けてみると、緊急地震速報の番組がやっていて、画面が激しく揺れる熊本市の映像が流れていました。
ちなみに私の住む五つ島は震度2で特に揺れは感じませんでしたが、長崎市では震度4で揺れたそうです。
また、熊本の天草にいる一番上の姉が心配でしたが、翌日母が電話をかけてみると無事でした。『結構揺れた~
』と言っていたそうです。
』と言っていたそうです。またこの地震で死者が9名出たそうで本当に悲しい。
行方不明になっている方も早く見つかってほしいですね。
加藤清正公が築いた熊本のシンボルでもある熊本城も屋根の瓦や武者返しの石垣も崩れ落ちていましたね。
一度は熊本城へ行ってみたいと思っていましたが、当分は行けそうにないみたいですし…

これ以上犠牲者が出ないことを祈ります。
最後になりましたが、この度は地震にて大変な被害を受けられた熊本県民の皆様へお見舞いと亡くなられた方々への御冥福を心よりお祈り申し上げます。
画像は毎度のものですが、今回は祈念を込めて熊本県章を入れました。
皆さん、こんにちは。
幽玄でございます。
前回に続いて今回もこれまでの真田丸第一回から第五回まで観て印象に残ったシーンを紹介したいと思います。
さて今回は先週の第五回『窮地』の印象に残ったシーンと感想をば。
では行ってみましょう♪
第五回『窮地』で印象に残ったシーンと感想
⚪︎其ノ壱 怒り喚く昌幸ダディ
『ちくしょうーーッ‼︎‼︎』『何故死んでしまうんかのう⁈ 信長めぇーーーーッ!‼︎』
信長が本能寺の変で落命したことを知った昌幸ダディの怒り喚く表情は室賀さんよりも物凄い迫力がありました。
…って言ったら室賀さんに『大きなお世話だ小童ァッ!』って怒られそう(笑) ←
⚪︎其ノ弐 家康の変顔七変化~伊賀越え狂想曲~
伊賀越えで必死な表情の家康にもう爆笑してしまいました(笑)
私も内野さんが大好きなので、そんな内野さんの変顔を拝むことが出来て大満足です(笑)
⚪︎其ノ参 またまた吠える室賀さん
『黙れ小童ァッ‼︎‼︎
』
はい、第3回に続いて今回も吠える室賀さん(笑)
真田丸名物になるのかなぁ、これ(笑)
⚪︎其ノ肆 岸壁を駆け下りるのを躊躇する家康に集まる兵士たちの視線
目の前は岸壁。それでもお構い無しに岸壁を駆け下りていく半蔵、数正、忠勝を見て躊躇している家康。そんな家康を『ジーーッ
』っと見ている兵士たちの視線に吹いた(笑)
⚪︎其ノ伍 イチャイチャする家康と忠勝
休憩地点で握り飯を頬張る家康とゆかいな家臣たち(笑)
口に付いた飯粒を互いに拾って口に運ぶ家康と忠勝の微笑ましい(?)イチャイチャにニヤニヤ(笑)
三谷さんらしい演出ですね(笑)
⚪︎其ノ陸 ボロボロ&ヘトヘト家康
ついに伊賀越えというミッションをクリアして三河へ到着した家康。
もう身なりはボロボロで阿茶局の膝元にダイブしてゴール!
『死ぬかと思った…』のセリフに爆笑してしまいました(笑)
いやはや、遠い道程お疲れ様でしたと言ってあげたい(笑)
以上です。
如何だったでしょうか?
私的に印象に残ったシーンに感想を入れてみましたが、これまでのシーンを振り返ってみると、どれも三谷さんらしい面白さが出ていましたね。
また登場するキャラクターも三谷さんテイストで馴染みやすいようなお茶目さがあったりとか。
でもやっぱりコメディーっぽいところもあるけれど、大河ドラマ初心者の人には見やすいかなと思います。
さて今夜はいよいよ第六回
さらなる悲劇が真田家を襲う!
ではまた。
皆さん、こんばんは。
幽玄でございます。
今回は前回の続きで、これまでの真田丸第一回から第五回を観て印象に残ったシーンを紹介したいと思います
今回は第三回と第四回の印象に残ったシーンと感想をば。
それでは行ってみましょう♪
第三回『策略』で印象に残ったシーンと感想
⚪︎其ノ壱 人間メリーゴーランド
ブレていて申し訳ないですが信繁と作兵衛による人間メリーゴーランド(笑)
作兵衛に回されながら身体をピーンと伸ばす信繁が可笑しかったです(笑)
⚪︎其ノ弐 再会に喜ぶ茂誠&松夫婦
お互いに再会を喜ぶ茂誠と松にほっこり。
でも信幸兄にバレて昌幸ダディにチクってやると言われた時の狼狽する茂誠が可愛い(笑)
⚪︎其ノ参 佐助斬られる
というより佐助、顔が怖い
(笑)
⚪︎其ノ肆 吠える室賀さん
『わしらはお主の家来ではないッ!
』
小県郡の北方の領主でリーダー格のような立場の室賀さん。ただ不満をぶちまけているだけのキチガイにしか見えない(笑)
というより他の国衆の人たちは何も言わないのかよとツッコミたいが、そう言ったら室賀さんに『黙れ小童ァッ‼︎
』と怒られそうなのでやめておきます(笑)
※ちなみに余談ですが室賀さんの『黙れ小童ァッ‼︎』が、もののけ姫のモロの『黙れ小僧!』とシンクロするのは私だけ?(笑)
第四回『挑戦』で印象に残ったシーンと感想
⚪︎其ノ壱 信長登場!
威圧感がすごい!

城内をツカツカとブーツで歩いて来た信長にギョッとした人もいたのではないでしょうか?
一瞬城内をブーツで歩くのかよとツッコミを入れたくなったけど、信長にブーツで蹴られそうなのでやめておきました(笑)
⚪︎其ノ弐 家康と目と目が合う

緊迫したシリアスなシーンのはずなのに、私の脳内ではアイドルマスターの『目が逢う瞬間』が流れて台無しになりました(笑)
アイドルマスターって知ってますか?
知らないという人は『目が逢う瞬間』でググってみて下さいね(笑)
ちなみに私はそんな趣味ではないですが(笑)
⚪︎其ノ参 信長と目と目が合う

家康に続いて今度は信長と目が合う昌幸ダディ。
やはりこのシーンでも『目が逢う瞬間』が脳内に流れてしまってせっかくのシリアスなシーンが台無し(笑)
信長公、そのブーツで私を蹴ってくれ!(笑)
⚪︎其ノ肆 信長にボコボコにされる光秀
あー、私の代わりに蹴飛ば…ゲフンゲフン(笑)
信長の怒りを買って蹴り飛ばされて欄干に頭を打ち据えられる光秀。
家康に介抱された時の光秀の表情が…
演じた岩下さんごめんなさい
凄くキモかったです
⚪︎其ノ伍 幸せそうな茂誠の寝顔
松とお揃いの匂い袋を片手に握りながら幸せそうに眠る茂誠の寝顔にニヤニヤ
(笑)
どうしてこんなに可愛いんだ~茂誠め~(*´ω`*)(笑)
以上です。
如何だったでしょうか?
私的に印象に残ったシーンに感想を入れてみましたが、これまでのシーンを振り返ってみると、どれも三谷さんらしい面白さが出ていましたね。
また登場するキャラクターも三谷さんテイストで馴染みやすいようなお茶目さがあったりとか。
でもやっぱりコメディーっぽいところもあるけれど、大河ドラマ初心者の人には見やすいかなと思います。
次回は第五回で印象に残ったシーンを紹介したいと思います。
ではまた。
皆さん、こんばんは。
幽玄でございます。
1月10日から始まった大河ドラマ『真田丸』も第五回を迎え、視聴率もまぁまぁ良い方かなというスタート。
というわけで今回は私、幽玄が第一回から第五回まで観て、これまで印象に残ったと思う名シーンを紹介しようと思います。
今回は第一回と第二回の印象に残ったシーンと感想をば。
では行ってみましょう♪
第一回 『船出』で印象に残ったシーンと感想
⚪︎其ノ壱 悲しい目をした武田勝頼
これまで様々な武田勝頼を見てきましたが、こんなにも人間味溢れる悲しい目をした武田勝頼は初めて見ましたね。
本当にこの武田勝頼は良かった。
⚪︎其ノ弐 昌幸ダディのキョトン顔
『富士や浅間山の火が噴かぬ限り、武田家は安泰でございます』と主君・勝頼にそう言った数秒後に浅間山が噴火。
その後の昌幸ダディのキョトン顔が可愛いかった(笑)
草刈さん、ナイス表情!(笑)
⚪︎其ノ参 泣きながら門前払いする小山田茂誠
岩殿城入り口の門前で主君・武田勝頼を泣きながら門前払いする小山田茂誠。
その時の泣き顔が可愛いかったけれど、泣き顔+『お許し下されぇ…ッ』のセリフには茂誠の罪悪感がひしひしと感じ取れました。
この時の茂誠は本当に可哀想でした(;_;)
第二回『決断』で印象に残ったシーンと感想
信幸兄に斬られた野盗に抱き付かれ、はたまた小山田八左衛門の奇襲時でも信繁に斬られた兵にも抱き付かれて踏んだり蹴ったりの薫マミー(笑)
もう、高畑さん面白すぎ(笑)
織田軍に追い詰められてとうとう切腹する勝頼。
偉大な父、武田信玄の幻影を前に一粒の涙をこぼして『四郎をたっぷり叱って下さいませ』と悲しく笑って果てる姿には胸が熱くなりました(;_;)
織田軍に呆気なく処刑される小山田信茂。
自業自得だよ、全く。
そして処刑されに連れて行かれる小山田信茂を怯えた表情で見る小山田茂誠。
小山田信茂の身勝手な裏切りのせいで裏切り者のレッテルを貼られた茂誠が可哀想過ぎる。
温水さんと高木さんのそれぞれの恐怖を感じさせる表情がナイスでした。
『これより真田は織田に降る!』と言ってニッと笑う昌幸ダディ。
草刈さん、この笑顔は反則(*´ω`*)(笑)
織田に降る宣言をした昌幸ダディに驚愕する信幸、信繁兄弟。
信繁の『何だってぇー⁉︎』と言わんばかりの表情には笑ってしまいました(笑)
新府城の焼け跡から香炉を拾い上げた瞬間火傷リアクションしておネェ座りになる家康。
この時の家康が面白くて、可愛かった(笑)
以上です。
如何だったでしょうか?
私的に印象に残ったシーンに感想を入れてみましたが、これまでのシーンを振り返ってみると、どれも三谷さんらしい面白さが出ていましたね。
また登場するキャラクターも三谷さんテイストで馴染みやすいようなお茶目さがあったりとか。
でもやっぱりコメディーっぽいところもあるけれど、大河ドラマ初心者の人には見やすいかなと思います。
次回は第三回と第四回の印象に残ったシーンと感想を紹介したいと思います。
ではまた。
皆さん、こんばんは。
幽玄でございます。
今回は真田丸第5回の感想を書きたいと思います。
ここでお詫び、真田丸第2~4回の感想をすっぽかしました(笑)
という事はさておき、真田丸第5回の感想レビューをば。
天正十年 六月二日未明 織田信長落命。
あっさりと信長が死んじゃった
前回の信長謁見&信長による明智光秀ドM打ちのめし事件からの本能寺の変ですが…
展開早くないかい?(笑)
織田に仕えての真田家をもうちょっと描いて欲しかったかなぁと思ったのは私だけでしょうか。
ちょっと残念な気もします。
昌幸ダディは本能寺の変で織田信長が落命したことを知って『ちくしょーーーッ‼︎‼︎
』『頭を下げて馬までやってようやく落ち着くと思ったのに……どうして死んだ!信長めぇぇッ!
』とブチギレたり、『源三郎!どうすればいいのかこの父に教えてくれぇッ!』と信幸にSOSを出したりします。
うーむ…前回までは自信ありげに不敵の笑みを浮かべていた昌幸ダディだったのに、今回はさすがに動揺が隠せないみたい。
小県郡の国衆達は激おこプンプン
だし、上杉からは『弱った織田軍に戦を仕掛けることはできない』と拒否(さすが義に厚いお方だなぁ)されるし。
なかなか上手く行かないね…
一難去ってまた一難、それでも策を練る昌幸ダディ。
この先一体どうなることやら。
さてそんなシリアス昌幸ダディに打って変わって今回一番見所だったのが
家康とゆかいな家臣たちによる命懸けのハラハラ伊賀越え珍道中(笑)
前回の危ない目と目が合う~
に続いて今回は家康と忠勝のキャッキャウフフな危ないイチャイチャシーン
(笑)
に続いて今回は家康と忠勝のキャッキャウフフな危ないイチャイチャシーン
(笑)何故そうなる(笑)
そしてボロボロになりながらついに阿茶局の膝元にダイブしてゴール!
『し…死ぬかと思った…
』
』やめて~
腹筋がもう限界(笑)
前回のシリアスでミステリアスな家康はどこへ行った(笑)
そして安土にいた信繁も信長落命を知り、姉の松の身が危ない事に気付いて安土と京を行ったり来たり。
そして安土城で松と合流して信濃へ逃げるところで第五回は終わります。
そんな中、唯一本能寺の変で信長が落命した事を知らない人物がいます。
それはタッキーこと滝川一益です。
タッキーは昌幸ダディを呼び、戦や業務で疲れた身体を癒したいのだがオススメの湯治場(温泉)はあるかと尋ねます。
昌幸ダディも信幸も家康も信繁も信長落命のことを知っているのにタッキーだけが知らないなんて何だか可哀想。
もしかしたら次回あたりでようやく知るのかな?
草津温泉で湯浴び中に小耳に挟むとかで。
さて次回は……
松が大ピンチだとぉーッ⁈
薫マミーに責められ、昌幸ダディに慰められる信繁。
ということは松姉は…
やめてぇー
茂誠の泣き顔が浮かんじゃうよ~
真田丸第5回『窮地』を観ての感想。
今回は織田信長が死んだことで真田サイドと徳川サイドのそれぞれの窮地が描かれていましたね。
昌幸ダディは喚き、家康は爆走!
特に家康の伊賀越えは何とも言えぬ爆笑モノで、内野さんの変顔が拝めました(笑)
私も内野さん大好きなので凄く観ていて楽しかったです。ありがたや~ありがたや~(笑)
今回登場した服部半蔵と直江兼続も良い味が出ていて良かったと思います。
ちなみに今現在ハマっているキャラは昌幸ダディ、小山田茂誠、徳川家康、本多忠勝の4名。
今のところ一番のお気に入りは茂誠かな♪
だって可愛いもん(*´ω`*)(笑)
ではまた。
皆さん、こんばんは。
幽玄でございます。
1月10日、ついに大河ドラマ『真田丸』が始まりましたね!
この日を待っていた人もたくさんいると思います。
私もその一人です(笑)
さて、真田丸を見た感想。(ここから先はちょっとネタバレになります)
さすが三谷さん
三谷ワールド全開で時々クスッと笑ってしまう場面もあって面白かったです。
真田信之と真田信繁兄弟。そのやりとりがまるでコントのようでした(笑)
大泉洋さんが真田信之なんてちょっと違和感がありますが、でも愛着が湧きそうです(^-^)
草刈正雄さん演じる真田昌幸は渋くてカッコ良かった(*´ω`*)
これぞまさに真田の棟梁!という感じの威厳さがあって良かったですね。
でも何でかなあ、三谷さんテイストだからかちょっとお茶目さがあるような気がするんですよね、昌幸ダディ(笑)
『武田は滅びませぬ』と言っていたのに息子2人に『武田は滅びるぞ』『この城を捨てる』と言ったり、『富士や浅間山が火を噴かぬ限り、武田のお家は安泰でございます』と主君武田勝頼に言った矢先…
まさかの浅間山がドカン(笑)
その浅間山が噴火した時の昌幸ダディはというと…
唖然としてましたね(笑)
またこの唖然としたキョトン顔が可愛かった(笑)
まさかの浅間山噴火に昌幸ダディは言葉には出してないものの、きっと心中では
大真面目なキーマン武将の傍でお茶目さ(?)もある昌幸ダディも良かったですが、実はもう一人この物語を引き立てた人物がいました。
平岳大さん演じる武田勝頼です。
今回の物語で一番印象が強く、一番際立っていたと思います。
武田家滅亡を招いた残念なキャラとして描かれ、無鉄砲なやんちゃ坊主のイメージが強い勝頼ですが、この真田丸での勝頼はこれまで私が思っていたイメージとは違っていました。
悲しい眼をしているんですよね…。
精悍な顔立ちの中にどこか悲しみを帯びているんです。
また偉大な父を持つ苦悩の人でもある勝頼。
『もし父上がご存命であったら、この時どうなされていたであろうな…』
『父が築き上げたこの国を、わしが滅ぼしてしまうのか…』と切なげに呟く姿には当主としてのプレッシャーがひしひしと感じ取れて、家臣の謀反や裏切りを静かに認めながらも最後まで織田軍と戦おうとするその姿がとても切なかった(;_;)
また家臣たちに裏切られても責め立てたりせずに静かに身を引いたり、最後まで武田家に仕えようとした真田家に生き残るための道標を差したりする勝頼の優しさに心を打たれました。
これまで色々な時代劇での武田勝頼を見てきましたが、こんなにも人間味のある悲しい眼をした勝頼は初めて見ましたね。
そんな感情移入ができる武田勝頼を見事に演じた平岳大さんはすごいです。
久しぶりに大河ドラマで感情移入しました。
やっぱり俳優さんは凄いなぁ。
前回の『花燃ゆ』は11話あたりでリタイアしましたが、今回の『真田丸』は久しぶりに期待ができるドラマだと思います。
また楽しみが増えました♪
次回も楽しみです(^-^)
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皆さん、こんにちは。
幽玄でございますm(__)m
今年最初で久しぶりのブログ更新です
何かと色々ご無沙汰でしたが、少しずつですがこのアメブロを再開していこうと思います。
遅れてしまいましたが、新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い致します。
では、今年の抱負を申し上げたいと思います。
壱、昨年に引き続き九州の祭りに参加する。
弐、未だ出陣していない九州の祭りに参加する。
参、体力作りに専念する。
肆、鹿児島へ行く。
伍、欲しい戦国小物を少しずつ手に入れる。
陸、できたら安芸の国宮島へ行きたいなぁ。
柒、できたら関西の祭りにも参加したいなぁ。
捌、さらにできたら関東の祭りにも行けたら良いなぁ。
…と、こんな感じです(笑)
今年も頑張って参ります!
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おはようございます。
久々の武路具投稿の幽玄でございます(^_^;)
7月に入り今年も後半に入ったこの頃、いかがお過ごしですか?
さて私、幽玄ですが、今年は初めて九州の祭りに参加致しました(今のところまだ一つのみですが…)。
上半期は地元長崎の観櫻火宴のみの参加でしたが、他にも熊本の戦国肥後国衆まつり(2月)、大分の竹田桜祭り(4月)・中津たにし祭り(5月)、福岡の博多どんたく(5月)と、どれも勇壮で魅力的な祭りがたくさんあって、来年こそは出来たら参加してみたいなと思います。
そして下半期の九州の祭りですが、佐賀の綾部四郎ぼたもち武者行列(9月)、大分の中津楽市楽座(10月)、福岡の岩石城まつり(10月)・秋月鎧揃え(11月)、鹿児島のはんや祭り(11月)・国民文化祭・関ヶ原合戦絵巻(11月)の六つがあります。
私は佐賀の綾部四郎ぼたもち武者行列(9月)と鹿児島の国民文化祭・関ヶ原合戦絵巻(11月)の二つに出陣予定です(あくまでも仮)。
今年と来年、九州制覇を目指して日々精進、七転び八起き突っ走って頑張ります!(笑)
iPhoneからの投稿



皆様、こんばんは。
幽玄でございます。
てか、めちゃくちゃ久し振りです(殴)
生きてますよ~:゚(;´∩`;)゚:。
さて今回は私が初めて参加する長崎の歴史祭り、観櫻火宴について書こうと思います。
観櫻火宴とは総勢200名の甲冑武者達が松明を片手に桜が咲き誇る橘公園を練り歩く長崎県内最大の火祭りであり、千々石(ちぢわ)城主の千々石大和守直員(なおかず)が領民を守るために龍造寺軍との奮戦を描いた歴史絵巻です。
また観櫻火宴では『エイ、エイ、オー』の勝鬨の代わりに『弥栄(いやさか)』という掛け声が使われます。
弥栄とは『いよいよ栄える』、『ますます発展する』、『さらに繁栄する』という意味があります。
平和を願った千々石大和守直員の想いが込められているように感じますね(*^_^*)
今から遡ること430年前、時は戦国時代末期。
織田信長が安土城に入城し天下統一に邁進していた時代、九州各地もまた戦乱の真っ只中にあった。
この頃の九州は肥前の龍造寺氏、豊後の大友氏、薩摩の島津氏の三強が覇権を争っており、キリシタン大名として有名な有馬氏も龍造寺氏との抗争の前に次第に追い詰められていたのである。
天正5年(1577年)12月、龍造寺隆信は数万の兵を率いて、有馬の本領である雲仙・島原半島の神代(現在の国見)へ上陸した。
龍造寺はここで兵を二手に分け、一万数千の兵を西の千々石(ちぢわ)へと向かわせたのである。
千々石城(釜蓋城)は有馬氏の出城で、有馬本領の西口の拠点であった。
城将は有馬氏の一族である千々石大和守直員(なおかず)。
しかし千々石の兵力は千人にも満たず、城壁も堅固というほどではないこの城で、龍造寺の突然の来襲に備えることは実に過重の負担となるものであった。
しかし千々石大和守直員は、すこぶる胆力があり、急を村民に伝え避難させ、この里を守るべく木戸万九郎と町田兵七郎の二家来と共に守りを固めたのである。
千々石大和守直員は数に優る龍造寺の油断と一瞬の隙を突いて敵の本陣を目掛けて突撃を掛け、一時は龍造寺の旗本が色めき立って崩れるほどの激戦となった。
その後、劣勢ながらも千々石軍はよく防戦したが、兵力の差は明らか。
やがて刀折れ、矢尽きて果てて千々石城は落城し、千々石大和守直員は自刃。25歳という若さであった。
この時、千々石城を脱出した一人の少年がいた。
彼はその後有馬のセミナリヨの第1期生となり、天正遣欧少年使節の正使としてローマへ赴き、日本国の存在を世界に知らしめた『千々石ミゲル』その人である。
また、千々石大和守直員は自刃の際に戦国の世の終結と平和を希求した。
後に村人はその遺命に従い、千々石城跡に天満宮を建立。
そこには故郷に殉じた城主、千々石大和守直員と家来木戸万九郎、町田兵七郎も共に奉られ、現在もこの地を見守り続けている。








































