面白そうと読み始めたら止まらなくなり、ついもう一冊も購入。
「マクロプロスの処方箋」は、どう工夫しても、筋を書くとネタバレになってしまうので、ここでは一切触れない。
そもそも岩波文庫の帯がネタバレである。
これからお読みになりたいと思っていて筋をご存じない方は、帯なしをご購入いただくことを強くお勧めしたい。
そのような形でお読みになれるのが羨ましい。
少しだけ触れると、人生の意味や生きることの価値を感じるためには、ある大前提が必要だということを気付かせてくれる(p177)。
本書は1922年の出版で、今年はちょうど100年後だ。
ちなみにハイデガーの「存在と時間」は1927年出版。
ヤスパースの「哲学」は1932年出版。
後半は優性思想的な議論が出てくる。
第一次世界大戦直後だが、ナチスはまだ台頭していない。
優れた作家は歴史の出来事を先取りしてしまうのだろう。
同作にはヤナーチェクによるオペラ版があるそうで、舞台とともにこれもいつか鑑賞に行きたい。
オペラはYoutubeで聞くことができる。
「白い病」。
COVIDの流行でカミュの「ペスト」が書店の売り上げ上位になった時期があるが、本書邦訳は2020年7月で、ちょうどその頃に出ている。
私はひねくれ者なので、当時、書店で目にしているはずだが記憶にないし、手にも取らなかったらしい。
今回は「マクロプロスの処方箋」が面白かったので購入。
これがまた面白かった。
ナチス台頭後のドイツと思しき国が舞台。
出版は1937年なので、ドイツがライン川沿岸の再武装化を始めた時期。
タイトルの<白い病>は、中国から伝播した治療法が見つかっていない感染症で、50歳以上の患者はほぼ死んでしまうという設定。
この件について、いろいろ書きたいことがあるが控える。
本作では、軍備を進めて隣国侵攻を狙う政治家や上流階級と、この病を治そうと必死に研究し、ついに治療法を見つける1人の医師が登場する。
面白いのが、平和主義者の医師が、治療法を盾にして政治家を戦争回避の方向へ無理にでも動かそうとする設定になっている点である。
思想は逆である。
一方は戦争で国の威信を高めたい。
もう一方は、世界平和を実現したい。
ところが、やっていることは、結果として<同じ>なのである。
独裁者は戦争によって出兵する多くの貧しい者たちを見殺しにする。
医師は貧しい患者に無条件で治療を施すが、相手が経済的・政治的に力を持つ者の場合、平和実現のため、治療することを取引条件にする。
その結果、なんと見殺しにされてしまう者が出てきてしまう。
極端な平和主義が、一種のテロリズムに近づいてしまうという逆説(解説p164)。
戦争が避けられないかもしれない1930年代当時のリアルな感覚、つまり軍国主義も空想的平和主義も結局は同じだという無力感や失望感、戸惑いがそのまま記録された戯曲だと思う。
この作品は第一次世界大戦末期にスペイン風邪が流行した事実を踏まえ、第二次世界大戦前夜の不穏な雰囲気を描いたものだが、気持ち悪いくらいに現在の状況と重なる。
翻訳出版時の2020年はCOVIDだけだった。しかし、2022年の今はウクライナ情勢がある。
オスカー・ワイルドではないが”自然が芸術を模倣した”と言えるし、人類が反省することなく同じことを繰り返しているとも言える。
驚いたことにYoutubeで映画版が見られる。
subtitleを英語にすれば十分に鑑賞できる。
連休中に考えさせられた2冊。
阿部賢一訳:マクロプロスの処方箋 岩波文庫、東京、2022
Capek K: Vec Makropulos. Aventinum, Praha, 1922
阿部賢一訳:白い病 岩波文庫、東京、2020
Capek K:Bila Nemoc Borovy, Praha, 1937