わずか130頁程度の作品だけど、本当に面白かったんです。
最初、主人公と男性の会話が「愛しあう男女の会話のありよう」だとデュラスは主張したいのかなと思っていました。
しかし、この二人の会話はまったくかみ合っていません。
そして時々とてもベタな台詞が出てくる
「不思議だわ、家へ帰りたくない」(p40)
「もっと話し続けて」(p108)
主人公は分かりやすい言葉で好意を伝えている。
そして互いに、急かさず、じらさない、moderatoな会話なのに、なぜかリズムがずれていく。
それから女性の方は、性をにおわす会話をしているのに、一歩踏み出さない。
彼女には頑なさがあり、良くも悪くも常識的で世俗的。
それを象徴するのが息子。
彼は人の意見や指示を聞こうとしないし、必ず家に帰ろうとし、友人と遊び、大きなボートを欲しがる。
息子はenfantでもある、つまり自分の言葉を持たない。
これもまた彼女の一面。
もう一つ、主人公は全編でしつこくフルネームで表記されます。
おそらくAnneという名前であることに意味がある。
普通は聖アンナのことかなと思いますが、それだと意味がよく分からない。
調べると「ルカの福音書」にもう一人アンナがいました(2の36-38)。
「夫に仕え」、その後、救世主の到来を「待ち続けた」女性。
男の考える典型的女性性ともいえる受動的存在。
一方の男、ショーヴァン。
彼の名前が明かされるのは、物語が進んで第四節になってからです(p71)。
しかも姓は分からないまま、物語は終わります。
主人公は私生活や自らの思いを吐露するのに、彼は自身の生活や気持ちをほぼ語らない。
能動でも受動でもない、中間的な存在(p107 「une voix neutreでゆっくり話した」)。
あるいは物質そのもの、表面でしかない存在(p59「彼女(略)その眼の青いmatiereを吟味した」)。
性的欲望を隠し続ける女性。
感情を明かさない男。
ずれ続ける会話。
このような愛情関係はどのようなものか/何をもたらすか。
冒頭の殺人。
男は女性(の本来の欲望)を殺してしまい、永遠に両者はつながることはない、できない。
ラストの会話。
「XXしたほうがいい」と伝える男と「そんなことはもうしている」と答える女性。理解のリズムはずれ続ける。
本作は、ブランショのいう筋があるロマン(小説)ではない、出来事としてのレシ(物語)なのかなと思います。
つまり「男女の愛情の紆余曲折」でなく、「男女の愛情のありかた自体」をデュラスは描いたのかなと愚考いたします。
謎なのが、いつも2人の横にいるカフェの女主人。
赤い糸で編み物をし、時間を告げ、ラジオをつけることを繰り返す(p46,72,106,132)。
編み物だと運命の女神?でしょうか(ギリシャ神話ですが。あと、正確には糸を紡ぐ、まとめる、切る)。
謎のままにしておきます。
本作は、多くの論文がありました(フランスの講義動画も)。
フランス語をまともに読めないのでよく分かりませんが、名前についてやはり議論があるようです。
当時の作品評の引用がすっごい面白い。
もう妄想が止まりません。
いい作品なんですね。