読みかけ本のメモ。

 

 小川公代先生の「ケアの倫理とエンパワメント」

 第一章「ヴァージニア・ウルフと<男らしさ>」

 

 看護師さんは女性が多く(p32 2020年時点で男女比1対9)、女性に思いやりが求められてきたと論じられる。

 ケアの議論のクリシェ。

 看護師に限らず医師(男女比8:2)だって思いやりは求められるだろう。

(ちなみに医療現場にはほかにも理学療法士:男女比6対4、作業療法士:男女比4対6、言語療法士:男女比3対7、薬剤師:男女比1対2、医療工学士:男女比8対2、放射線技師:男女比8対2、検査技師:男女比8対2などがいる)

 

 ギリガンのケアの倫理が女性の地位の固定化につながると批判されたこと(p34-35)、カント、バーク、ルソーなどを引用してケアが「女々しさ」(原文ママ)とされてきたことが指摘される(p36-41)。

 勉強になったが時代的制約を差し引く必要がある。

 

 

 同章第2節「負の『男らしさ』を手放す」

 トーマス・マンの「魔の山」の一節を紹介して、理念、精神的なものに価値をおくことが男らしさとしている点に、小川先生は疑義を呈する(p43-45)。

 さらにシャ―ロット・ブロンテのある作品に対するウルフの批判が紹介される。

 抑えられた情熱を怨恨や敵対感情で描くことで、男の価値観に従属してしまっており作品の価値を下げているという(p46)。

 

 マンの一節に戻る。(なお私は「魔の山」をまったく読んでないので誤読があると思う)

 

 引用箇所では確かに「抽象的」「純粋」「理念的」なものが称揚されている。

 一方、理念によって決闘することが男らしさで、それは「自然の原始状態への復帰」でもあると登場人物は述べている。

 

 

 以上を踏まえて、現時点での思いつき。

 理性や精神で感情を処理することに、男女(的なもの)の差はおそらく無い。

 違いは、男的なものは感情から身体運動性にショートサーキットする一方、女的なものが感情をあくまで言語水準に留めることだと思う。

 

 たとえば怒りの処理なら、身体運動に直結してしまうのが男的な何か(したがって苦痛は身体的なものだけになる)。

 怒りが、嫉妬や愛情、失望や期待、屈辱や尊厳など種々の感情に細分化され、これらから構成されていることを、目の粗い言語の水準に踏みとどまって処理しようとするのが女的な何か(したがってメンタルな苦悩に結びつきやすい)。

 

 そしてこの差は身体・身体感覚への扱いの違いに起因すると考える。

 

 男的な何かは、身体感覚に普段から気を配っていない。

 具体的には痛みや不快。弛緩や快。

 身体感覚に細やかでないからこそ、身体を乱暴に扱える(したがって一足飛びに生死に関わりやすい)。

 

 女的な何かは、身体感覚に常に気を配り、いつも常に感じている(したがって身体またはメンタルな苦悩や失調に関わりやすい)。 

 

 

 雑駁にいえば、精神と身体に乖離がある/言葉をうまく使えない「男」的な何か。

 精神と身体の間に言葉を挟み込む「女」的な何か。

 

 

 言葉=父というのは精神分析のクリシェだが、父をうまく扱えないのが「男」的な何かだと思う。

 お望みならこれがエディプス・コンプレックスといってもいいかもしれない(私はそういう言葉を使いたくないが)。

 

 以上の、女「的」、男「的」は現実の性差ではないのは言わずもがな。

 

 

 

 

 ヴァージニア・ウルフ「病むことについて」

 同タイトルのエッセイ。

 (小川先生の著書のレファレンスになっている)

 

 

 小川先生は、健康人の立つと病人の臥せるから、ウルフが同情のヒエラルヒーを解体していると指摘なさる(前書p47-48)。

 このエッセイ、私は何度読んでも理解が追いつかず誤読もあると思いが、そのような記述を見つけられない。

 

 ウルフが書いているのは以下。

 精神が肉体より優先されてきた(p74-75)。

 病の描写には言葉が不足している(p75-76、86)。

 「彼らの」症状について(p77 私が考えたい点)。

 「共に」あろうして他者が行う同情の不可能性と耐えがたさ。「無関心さ」が慰めをもたらす自然の同情(p79-80)。

 病んでいる時ほど何かに依拠せず無心に作品と向き合える(p86-87)。

 

 ウルフは同情を人間と自然で対比している。

 小川先生の論はハイデガー理解の線ではないか(<代理になる>と<手本になる>顧慮的気遣いの差 古典新訳文庫第3巻p175-177)。

 

 もし小川先生が正しいとするとウルフらしくないように思う。

 抜けているものがあるからだ。

 立っているでも、寝ているでもない。

 

 座る。

 

 「家庭の天使」を退けた(p30)ウルフにとって、このポジションはいわゆる女らしさになるだろうか。

 そんなことはないだろう(下図)。

 

 

 私の好きな絵で部屋に飾っている。

 

 

 

 


小川公代「ケアの倫理とエンパワメント」

1500円+税

講談社

ISBN 978-4-06-524539-2

 

ヴァージニア・ウルフ「病むことについて」  川本静子編訳

3000円+税

みすず書房

ISBN 978-4-622-09024-3