「竜とそばかすの姫」の予習でせっかく読んだ「美女と野獣」のメモ。
本書は1780年に出版で、大革命の9年前。
啓蒙主義、まっただなかです。
本書で美徳とされていること。
優しさ(p21)、知性(p67、195)、勇気(p67-71)、共感性(p30、67-68)、貧しいものへの施し(p157)、理性(p186)。
よくある啓蒙的な物語なので、対照的な二人が登場します。
美しい王子2人。一方は乱暴な性質だったが不幸を運命づけられ苦労し、一方は良い性質だったが幸運で苦労知らずになる。さて彼らの将来は(「ファアル王子とフォルチュネ王子の物語」)
3年待たなけれ結婚できない美しい王女と、豪華な城に住みすぐに結婚できる美しい王女、どちらを結婚相手に選ぶか(「シャルマン王の物語」)
2人の美しい娘がいる。1人は貴族に嫁ぎ、1人は立派な農夫になった。2人の運命は(「寡婦と二人の娘の寓話」)
自分の欠点を見ないで済んだ境遇にいた王子。彼はどう自分の欠点を扱うのか(「デジール王子」)
ある貴婦人が自分の年齢を誤魔化すため長女を田舎に置き去りにする(!)。労働と知の喜びを知った長女と、苦労知らずの次女の運命は(「オロールとエーメ」)
吝嗇家の王子と、人に施すのが好きな王子、2人の行く末は(「ティティ王子」)
美しいが愚かな娘と醜いが知性溢れる娘。両者の将来は(「きれいな娘と醜い娘」)
ほかに
身の丈にあった生活の重要さ(「三つの願いの物語」)、口は禍の元(しかし、主人公は口がきけない娘!)(「ジョリオット」)、醜いが知性ある王子と愚かだが美しい姫。二人は結ばれるのか(「スピリチュエル王子」)
概ね、ラストは想像通りですが、結構、意外な展開な物語もあります。
しかし、啓蒙主義的発想の範囲内。たとえば、「人は成長する」というような。
面白いのが、出てくる登場人物が「激怒」「憤怒」する人が多いこと(p14-15、17、19、21、83、180、185)。
ボーモン夫人自身の性質だったのかもしれません。
また、普通の童話と違うのが、宮廷の人間関係の複雑さ、たとえば追従や面従腹背、裏切り、承認されることへの切望など、心理主義的な描写が豊富で、フランスの子供はさすがに成熟しているのうと感心しました(p23、92、100-101、34-135など)。
で、「美女と野獣」。
驚いたのが、ベル(Belle 直訳で<美しい人>。あだ名で本名は不明)に兄弟がいるという設定。
あとお父さんしか出てこず、お母さんについては不明。
ディズニー版と同じなのが、Belleが読書ばかりしていて、舞踏会や観劇に行かないことを奇異に思われていることです(p32)。
物語は、Belleの父親が成功した商人でお金持ちで幸せに暮らしていたところから始まります。
しかし父親の事業が傾き、零落。
お約束の<試練>がある。その時に登場人物たちはどうするか。
働き始める父と兄たち。仕事を手伝い読書をするBelle。そして、何もしない姉たち(p34-35)。
一転して父親の事業がいい方向に進む。
なんでも買おうという父に姉たちは強欲にあれこれ頼みますが、Belleだけは遠慮をして「薔薇だけでいい」という(p35)。
普通の童話ではこの配慮が「いい結果」を生むところですが、本作はこの配慮が裏目にでて、父親とBelleは野獣と関わりを持つことになってしまいます。
結構、複雑な話で面白かったです。
その後は、野獣との関係性の中で、自己犠牲の尊さ、知性と美醜の問題、一方で知性さえあればいいのではなく、また美しさだけでもなく、そこに傲慢が混じることで美徳が損なわれることが描かれます。
「知性さえあればいい」でないのも、なかなかです。
そして、本作における「性格の良さ」とは、「頭のよさ」でも「男前」でもなく、「心遣い」があること(p53)。
なお、ディズニー版のようなアメリカーンなハンサムガイは出てきません。
あと、村人の襲撃もありません。
決して甘ーい恋愛ものでなどではなく、背景には冷徹な人間観察があると思います。
印象に残った文章をいくつか。
(自分の性質を直そうとしても、多くの人は)「それは難しすぎると答えます。つまり、そういう人たちは、自分ではなんの苦労もせずに、神さまが奇跡を起こして一挙に自分を直してほしいと考えているわけです」(p151)
患者さんで「これこれの症状を治したいんです」とおっしゃりつつ、ではこの方法でと提案すると、「あ、無理です」という方がいらっしゃいます。
あるいは、ご自分で考えるのではなく問題をこちらに丸投げなさる。
いわゆる他力本願。
ボーモン夫人、人の心理をよく捉えています。
<怒りを抑える魔法の水>として渡されたものの、実は「何の効力もないのです(略)理性的な人間は、怒りの感情にふいに襲われるのでなければ、よく考える時間さえあれば、決して怒りに身をゆだねることはありません」
今なら、さしずめアンガーマネージメントです。
何しろ、6秒ルールならぬ「水を飲むのに時間がかかる」のですから(p186)。
「顔の美しさは(略)病気になれば失ってしまうかもしれないし、歳をとれば確実に消えてしまう」(p202、208-209、211)
これ、よく言います。美人は(美男子は)3日で飽きる。
でも、冴えないオッサンの私は、やっぱり美男子に生まれていたら、さぞかし違った人生だったに違いない思います。
どうなんでしょう(本書で何の教訓も得ていない)。
ボーモン夫人「美女と野獣」 村松潔訳
490円+税
新潮文庫
ISBN 978-4-10-220086-5
Mme Beaumont: La Belle et La Bete