ルーゴン・マッカール叢書の第六巻。

 なんとポリティカル・サスペンス&エスピオナージな内容。

 

 

 第一巻でプラッソンを我が物にしたピエールの長男、ウージェーヌが主人公。

 パリの状況を逐一連絡し(p34)、父ピエールのプラッソン政権奪取を成功させた影の立役者でした。

 

 

 マッカール家は右側でカット。

左側のルーゴン家、下から2列目の一番左がウージェーヌです。

画面からはみ出してしまいました。

 

 

 本作はナポレオン三世暗殺未遂事件(第八章)が描かれているので、たぶん1858年前後、第二帝政中期という設定。

 ウージェーヌは参事院長官に大出世しています(第二帝政の組織は下の論文が参考に)。

 当時は権威帝政で、ウージェーヌは圧政を敷いています(p274、305-309、321-322)

 

 しかし、冒頭、いきなりウージェーヌは解任されます(!)。

 私の大好きな「ハウス・オブ・カード」みたい。

 

 そして、第二帝政権威期後半の退廃ぶりが描かれる。

 権力者の周りに人々が群がり、縁故が幅を利かせていた。

 さらに議会とは名ばかり(第一章、第二章)。

 

 

 ところで、本作にはもう一人「主人公」がいます。

 謎のイタリア人美女、クロランド。

 第一章の登場シーンでは、ちょっとアレな方かなという描写ですが、議会の空き時間に別の登場人物たちが鴎やラオコーンの絵を眺めているのに、彼女だけミネルヴァのブロンズを見ている(p27)

 おお・・・そういうことですか、ゾラ先生。

 

 脂ぎったエネルギーを失っていくウージェーヌに代わって、第三章からはクロランドが生き生きとしてくる。

 ある個所で、彼女はこう叫ぶ。 

私が男だったら!出世してみせるわ!男は頭が足りないのよ!(p82)

 

 別の箇所ではこんな態度をとる。

大いなる冷淡さが覗き、それはほとんど男に対する軽蔑に近かった。(略)恋人のいる女たちのことが話題になると、(略)驚いた眼差しを向け、尋ねた。「だけどそれで楽しいのかしら?」(p177)

  

 カッコいいです、彼女。

 ラスト近くの台詞。以下引用。

 

「ねえ、私はよくあなたに言ったわ。女を軽蔑するのは間違いよと。いい、女はあなたが考えているような動物じゃないのよ。あなたが私たちを狂人扱いし、うるさい家具だとか、それから他に厄介な重荷のように扱うのを聞くにつけても、私は怒りを覚えたわ(略)明らかに言えることがあるわ。女が何としてでもやろうと思う時、あなたはいつもしてやられてしまうのよ」(p437-438)

 

 私のクロランド脳内キャスティングではガル・ガドットさんでした。

 

イスラエル出身なので兵役経験あり。ロースクールに入る予定だった才媛。

本作映画化の際には、ぜひ。

  上記HPから転載しました

 

 不思議だったのが、クロランドがイタリア人で信心深いと設定されていることでした(p94-95)

 調べると、フランスは教皇を助けるためにローマ攻撃をしたり(1848年)、その10年後、ちょうど本作がそうですが、イタリア統一運動に介入するなど、イタリアにちょっかいを出していたらしい。

 確かにイタリアの外交官も出てきます(p299、第十二章)

 

 クロランドが信心深いと設定されているのは、彼女が、教皇を助けたフランスに恩義を感じているということなのでしょう。

 世界史の勉強になりました。

 

 

 話は戻して第五章。

 おや?と思った描写。

 

 ウージェーヌをもてあそぶクロランド。

 しかし、陽ざしがきつくてウージェーヌが何気なくブラインドを閉めようとすると、急に「そのままにして!」と叫び、「太陽が好きなの!」と奇妙な言い訳をして落ち着きがなくなる(p137)

 ところが、やがて何事もなかったように妖艶に微笑み、冗談を言い始める。

 続くシーンでは馬小屋で二人っきりになるのですが、むしろそのような状況を巧みに利用さえする(ウージェーヌ、いいように遊ばれる p138-146。ゾラ、サドにさらっと触るのもいい p137。p153-155のクロランドのしたたかさ!)

 

 クロランドは、かつて女性性を傷つけられた出来事があったのかもしれない(描かれないので不明)。

 しかし、覚悟さえあれば、女性性を利用することができるようになったとも読めます。

 

 そして、クロランド、常に古びた鞄を持ち、仏伊墺のことを考えている(p180-181)。

 ・・・・おお!?

 

  

 

 本作でもっとも読み応えのある第七章。

 ナポレオン三世も登場。

 手に汗握る展開。

 クロランドの技に惚れ惚れします。

 

 この章でちょっと面白いことが。

 ポーの「盗まれた手紙」的な展開があります。

 なぜ「三通」なのかなと。

 フランス語で「手紙」と「文字」は同じ単語なので三通=三文字。

 調べると、sotは道化、malは悪・・・・

 まま、私の妄想です。

 

 

 

 続く第八章は吉本新喜劇?な印象でしたが、それはともかくウージェーヌの野心が復活。

 

 そして第九章でウージェーヌは政権に返り咲きますが、しかし・・・・・・。

 

 第十二章でちらっと描かれていて興味深いのが、民主政治の芽吹きを示唆している点(p405)。

 一方、第十三章は権威帝政の退廃が描かれている。

 まさに大革命前夜ではないのか。

 ウージェーヌの運命は?

 

 

 

 

 第三章まで名前が覚えられず、付録のしおりにメモつけまくり。

 でも第四章あたりから面白くなり、第七章から一気読みでした。
 

  

名前が覚えられず、描写された特徴を書き散らかしました(ハゲとか乱杭歯とか)。
 

 ウージェーヌもかっこよかったなあ。

 

 「悪徳にも通じていない(略)遊び人でも、放蕩者でも、美食家でもない」(p40)

 あるのは人を自由に動かしたいという権力欲だけ。

 虚栄心、富や名誉は望まない。そんなことで喜ぶことを軽蔑している(p159)

 帝政と一心同体で、帝政は自分が作り上げたという誇りをもっている(p88-89)

 

 議会を「凡庸さの掃きだめ」とよび、皇帝を頂点とした強固な機構で統治されるべきという明確な考えがあり、皇帝への忠誠心だけで動いている(p42、17、274、366-367 ウージェーヌという名前、ナポレオン三世の皇后の名前の男性形です)

 失脚後も宿敵のことを認め、彼と敵対できることを誇りに思っている(p87)

 誇りある孤立を選び、一人で人々に立ち向い、憎まれることさえ夢想する(p160)

 

 他の登場人物たちが、名誉、金、愛慾だけで動ている者ばっかりなので、その孤高さが際立ちます。

 

 一方、自分の出自に対する劣等感をいつも抱えている(p32、52-53,88、158、246)

 そして、「女を信用するな」と女性を遠ざけている(p63、98、133)

 

 このため、彼とクロランドの関係は特殊なものになる。

 クロランドはウージェーヌと子弟関係のようになることもある(p182-183、299-304)

 政治家としての野心を失い、ただの中年男になり下がったウージェーヌをクロランドは鼓舞し、時には挑発する(p183ー)

 

 二人は恋人のようでそうでなく、盟友のようでそうではなく、子弟関係のようでそうでない。

 この表現できない男女関係を描いた作家って他にいるのでしょうか。 

 

 

 性愛がほぼ前景化しない、ある意味<対等な男女関係>を描いた小説でもあるかもしれません。

 斬新です。

 すこいです。ゾラ。

 

 

 

 

 落ち葉拾い。

 

 男が持てるのは、言葉の力だけ(p331、462-474)

 しかし女性にはそれ以上のものがある(p438-439)

 

 

 第二帝政期の混乱。

 正統王朝派、共和派、ボナパルト主義者が入り乱れていた。

 そして簡単に立場を変える(p91、170)

 「フランスではサロンに紳士が五人集まると五つの政府が対峙する」(!まとまれよ! p171)

 

 

 ある議員が「西部鉄道会社」と路線のことで対立している(p37,38)

 西部鉄道会社、「獣人」に出てきます。

 

 

 カッコいい女性の活躍を読みたい方にお勧めの一冊。

 

 

 

 

 

ゾラ「ウージェーヌ・ルーゴン閣下」    小田光雄訳

4200円+税

論創社

ISBN 978-4-8460-0438-5

 

Zola E: Son Exellenc Eugene Rougon.   1876