今日は年に一度の

母の日

日頃の感謝を込めて
敬愛の文を贈りたいと思います



自分の母に対しても、
普段は余り口に出せないでいる…
ありがとう。を
今日は言わせて頂きます

小さい頃から母と兄、二人で私を育ててくれた、私の家族と言える二人の人物、今日は母の日なので母についての覚悟を書きたいと思っています



ハンカチのご用意を

(笑)
なんてね



時は遡り…時代は24年前…
幼稚園の年長を卒業したある日…親と呼べる存在が一人になった…
両親の離婚、子供ながらにその意味の深さを実感していたな~
でも片親になる淋しさよりも、母の笑う顔が増える、日常に嬉しさも感じていたのが現実かも

不思議と淋しくはなかった。
無口で寡黙、そんな印象の強かった父。
別れた後の母の顔はこれから始まる、一人で二人を育てあげる意気込みでいっぱいだったのかな、希望に満ち溢れていた笑顔が印象に残っている



男の子二人を一人で育てる為…母は夜の仕事につく、
今までは飲む機会もなく過ごしてきた主婦が、飲むようになり、身体には相当な負担はあったはずだけど…
泣き言や苦しい顔も一つと見せず走り抜けた30代、
私が小学4年の時、一つ目の影を落とした…
普段と一つ違った朝の母の顔…辛そうだったのを今でも鮮明に覚えている、
病院行かなあかんで

私はその言葉を残し学校へ…
学校へ行くとそこは普通の小学生

わいわいガヤガヤと変わらない風景

(笑)
昼休みが過ぎた時、
その時は突然に来た…、
教頭先生が勢いよく走って来て、私の担任と話をしている、私の方を見ながら。
〇〇君荷物をまとめて廊下に出なさい。
何がなんだかさっぱりわからない私はあたふたしながら荷物をまとめたのを覚えている

お母さんが今、病院にいます、緊急を要します、直ぐに病院へ行きなさい。
教頭先生と一緒に病院へ向かったけど、車内で何を話したかは覚えていない。ただ…教頭先生はずっと私の手を強く握っていたのは覚えてる…。
病室で横たわる母…意識はなかった…
予想を裏切られた光景に息つく間もなく兄貴と合流。
先生から、
後少し遅れていたら、命は無かったと思います。今は大分、薬が効いて状態は落ち着いていますが、余談は許しません。
病状は心臓…。かなり酷い状況だったらしい…。
よくこの状態で普通の暮らしが出来てたのかと先生は言ってた。
一生懸命に私達を育ていく中で片親にも関わらず、普通の生活を私達にさせるが故…壊れていく身体にムチを打って毎日毎日働いていたのだろう。
正直…不自由な生活では無かった、余り物をねだる事もなかったけど、欲しいと強く願えば、誕生日や正月には目当ての物は貰えてた。
意識のない母の手を握り強く願いましたね…
起きて…って。
願いが叶ったのか…日付が変わる頃、母は目を覚ました…。その母の第一声…
仕事に行かなきゃ。
強い母がなんとも悲しかった

それからは順調に回復しては行くものの、騙し騙しで付き合って行くしかない身体になってしまい、
それからは私達の母に対する想いも変わって行きましたね、
死なないって事はない。
いつかは訪れる…。
だからこそ、
その時は心の底から
ありがとう…。
と、
お疲れ様…。
を、
笑って言ってあげれる様に、
心に覚悟した。
その覚悟から数年後…
十年間に二回の大手術…どちらも命に関わる手術
一つは心臓にフーセンの様な物を入れ膨らまし血流の確保を施す手術
それからまた数年後に老朽化する心臓の弁に人工の弁を組み込む手術。
人工の弁の手術の後は今も身体に残っています、胸骨を縦に走る傷痕…、女性の方なら着る服にも気をつけなくてはならない程の大きさです、だけど生きる事を諦めて欲しく無かったから説得しました



その時、私18才、
別れた父の下で仕事を始めて二年目。
仕事の大変さとがむしゃらに格闘していましたね



働いてわかる仕事の大切さ信頼と継続の意味、生きる自分の糧。
誰にも頼れない、自分の生活を母は一人こなして来たのを思うと、頭が下がる思いですね



ありがとう。
そして…一昨年の年末…
母は…仕事中に倒れました。
意識もない、心臓が止まってしまった。
連絡をもらった私は…
ついに、この時が来たか…と
冷静に事の事態を深く受け止めていた。
病院に付いた時点でも詳細が解らない状況。
だけど…冷静でいられた。
強くいられた自分が頼もしかった。
大丈夫…。大丈夫…って何度も何度も自分に言い聞かせて、詳細を待った。
先生から、
この先意識が戻るかどうかも解らない、意識が戻っても障害が残る可能性はあります。
一瞬の内にいっぱいの事を言われても、動揺は無かった。言葉が喋れ無くても、手が動かなくても、脚が動かなくても、意識さえ戻ってくれればいいって思ってましたね…。
後の事はなんとかなる。って確証は無いけど思ってました。
ただ…意識だけ戻ってくれればって
奇跡は起こるから奇跡になる
だけどその奇跡を越える奇跡が起こる時がある。
人の想いは時として奇跡を越える力になるときがあるのかも

一週間後、目を覚ました母は、いつもと変わらない母がいた。
そんな母は今も、
強く生きている、身体は度重なる手術で傷痕だらけになってしまったけど…、
生きている。
そして今日という日を迎えれていることに。
私達、兄と二人…
喜びを感じながら、
母への感謝を忘れずに
小さく、
生きていてくれて、
ありがとう…。
と贈りたい。
エレキン。