こんばんは、
今、バイトをチャレンジしようとしている
高1通信制の娘
振り返ると
やっぱり、辛かったなあ。
毎日の変化なんて分からないけど
この頃より、慣れてきたし、動けている娘です
私の感情整理の為に
昔の下書きを複写します
こんにちは、皆様
娘は小6で起立性調節障害になり
今は中3です
今日はこの三年間のわたし気持ちの変化について
書こうと思います
来年1月で娘が起立性になり丸3年です
娘の起床は最初の頃よりも更にかなり遅くなり
お昼か午後一時過ぎ
でも、ようやく、ようやくです
私の気持ちや感情は、起立性になる前の
平常心への移行期に今あるように
ふい感じる
娘は来年早々高校受験も控えてるけど、問題ない
何とかなるでしょう
起立性発症して最初の一年
少しでも早く起こそうと
朝は
何度か声掛けし、ベッドに朝ごはん運んで
体を起こしたら、ベッドの上で軽い運動をさせ
栄養バランス良い朝食を食べさせる
イコール
必死に早く治すぞ!頑張りモードをオンパレードさせていた
多分、私が頑張り屋で走り続けた人生だったから
焦りと苛立ちと悲しみを頑張る方法でしか
対処、乗り越える術を知らなかったから
娘を励ましはするけど、
手を出したりする過保護で
指揮系統方法しか分からない
というか、
その方法が私の性に合っていたから
押し付けただけだったなあ
今振り返る。。
その次の時期には
めちゃくちゃ辛い感情が
親子共に、溢れ出てくる
そのベッドの上でできる軽い運動も、
朝起こす為の声かけも
いつしかやらなくなっていったよなあ
いや、できなくなった。
起きない
嫌がる
顔が辛そう
カーテンを開けると気持ち悪がる。。
それは今も同じ
その頃から
暗〜いトンネルに入ったみたいな日々
私は、途方に暮れはじめた
それで
自分と心底向き合う事になるんだけど
娘を自分ではどうする事もできず
勿論、これが大きな勘違い
娘は娘なのに
力ずくで治せる訳ないし
頑張れば何とかなる根性論は逆効果な起立性
今まで、思い通りに
勉強、運動、習い事やりこなしたていた娘
自分のアバターのように動かしてたんだ
最悪な母だった自分
私は、沢山彼女に投資し沢山の教養をつけさせ
人生をスイスイ得意げに進んで行って欲しかったんだ
自分の中の強烈な劣等感を
彼女を使い
補わせていた
最悪な母だった自分
今は、素直にそう思う。。
ごめんなさい
私の場合、娘の起立性はあまりのショックで、
社会から一旦距離を置きたかった
でも、仕事がフリーでお客様と打ち合わせのある
外に半分は出る仕事
心は死んでたけど
完全には仕事を切る事は出来なかった
いや、怖い、社会との繋がりを閉ざすのは
仕事は、自分を保つ為に必要だったのんだ
しかし、仕事以外の私のこころは
固く、冷たく、死んでた。涙で溢れて
涙を受け止めてくれる先を見つけたかった
藁をも掴む、掴みたい、拝みたい心境
1番苦しく思考停止してたのは娘も同じ
。。娘も同じだった
娘は登校は諦め、
自分の命を何とか保つ為、
好きな推し活やデジタルアートやイラストを描き続けていた
私、心が死んだけど
出来そうな仕事だけは請けていたから
まだ、救われたんだと思う
時に仕事で忘れさせてくれたり、
笑顔をもらっり
家族から離れる時間は
もう1人の自分を演じさせてもらえる
仕事よ、ありがと
もう無理、心が死にかけた時
1番苦しかった時に
ペットを飼い始めました
それが9月23日
その時から、手の掛かる愛犬君に癒されながら
何とか惰性で生きてた一年
ワンコには相当癒され、元気な
わんこ君は、私も娘も主人にも
笑顔をくれたよね
昔、娘が赤ちゃんだった時、赤ちゃんの笑顔をみて
夫婦で見合わせ微笑んだように
わんこの可愛い行動に家族が一緒に微笑む一瞬
癒されたし、少しだけ元気になっていった
でも
まだまだ
やっぱり辛かった
辛い時、人は
救われる言葉や歌【特に歌詞】を探すんだというのも分かったなあ
本を沢山読んだし
ブログも沢山読んだ
普段聴かないアーティストの歌も聴いた
それに、
自分をもっと、楽にしてあげたいと
普段と違う何かを求めたりした
ココで、
間違えると、
良くない集団や人に依存してしまう
そんな諸刃の刃の時期
amebloで見つけた
カウンセラーさん【カウンセラー陽子】
に半年以上カウンセリングや心理学をベースにした
学びを受けた
これが、多分
心の回復期移行への序盤
本当に辛い時期だったから
平常に戻れる自信は正直全くなかった
カウンセラーを信じられるかも賭けのような心境
でも、この苦しさから全力で逃れたい一心のみ
身勝手な自分
私だけでも、楽になりたい
全てを曝け出せる安心できる人
気持ちを理解してくれて、明るくしてくれる人
本当に陽子さんには助けられた
暗いトンネルに手を繋いで温かく出口へ
伴走してくれたペースメーカーのような
お母さんのようなカウンセラーさん
カウンセリングが終わると
毎回元気になったし、狭くて仕方のない
視野がバーンッと広がってた
起こる事への捉え方を教えて貰ったなあ
陽子さんから教わった私を支えた言葉 特に
【事実はひとつ、解釈は無限】
【出来た事に目を向ける】
その数ヶ月間の長期に及ぶ講座が終わり
私の気持ちは少し元気になっていた
それが昨年12月
それから10か月
娘は相変わらず体調は悪い時も半分はあるけど
私は不思議と少しずつ平気になってきた
何故だろか
うちの子は個性的、分かってた
けど思い通りにしたかった糸を離した
当たり前
でも、長年強く握ってた糸
今、個性的な娘を心から応援したい
彼女の人生だから
やりたい事を彼女らしくする事しかやれない
この単純で純粋な事実を
ようやく、ようやく身をもって
分かるようになってきたのかな
お笑いにはまっている娘
お笑いに元気を貰っている娘と私も
お笑い芸人から元気を貰い
芸人になりたい夢ができた娘
甘く無い世界だけど
一度しかない人生
トライ&エラー
トライは心が動かなくてはチャレンジしない
元気がなければトライできない
自分らしくというか
個性的な娘は彼女らしく生きていくのが
一番元気な時、笑っている時
笑ってる時って
出来る気がするんだよね
夢も叶う日がくるようなテンションになるね
それが真実なんだな
ようやく、ようやく
わかったら
力が抜けてきた
書きかけの1年前の下書きブログがでてきました。
まだまだ辛かったあの時期、
この下書きブログから👇1年は経ちました
今、バイトをチャレンジしようとしている
高1通信制の娘
振り返ると
やっぱり、辛かったなあ。
毎日の変化なんて分からないけど
この頃より、慣れてきたし、動けている娘です
私の感情整理の為に
昔の下書きを複写します
こんにちは、皆様
娘は小6で起立性調節障害になり
今は中3です
今日はこの三年間のわたし気持ちの変化について
書こうと思います
来年1月で娘が起立性になり丸3年です
娘の起床は最初の頃よりも更にかなり遅くなり
お昼か午後一時過ぎ
でも、ようやく、ようやくです
私の気持ちや感情は、起立性になる前の
平常心への移行期に今あるように
ふい感じる
娘は来年早々高校受験も控えてるけど、問題ない
何とかなるでしょう
起立性発症して最初の一年
少しでも早く起こそうと
朝は
何度か声掛けし、ベッドに朝ごはん運んで
体を起こしたら、ベッドの上で軽い運動をさせ
栄養バランス良い朝食を食べさせる
イコール
必死に早く治すぞ!頑張りモードをオンパレードさせていた
多分、私が頑張り屋で走り続けた人生だったから
焦りと苛立ちと悲しみを頑張る方法でしか
対処、乗り越える術を知らなかったから
娘を励ましはするけど、
手を出したりする過保護で
指揮系統方法しか分からない
というか、
その方法が私の性に合っていたから
押し付けただけだったなあ
今振り返る。。
その次の時期には
めちゃくちゃ辛い感情が
親子共に、溢れ出てくる
そのベッドの上でできる軽い運動も、
朝起こす為の声かけも
いつしかやらなくなっていったよなあ
いや、できなくなった。
起きない
嫌がる
顔が辛そう
カーテンを開けると気持ち悪がる。。
それは今も同じ
その頃から
暗〜いトンネルに入ったみたいな日々
私は、途方に暮れはじめた
それで
自分と心底向き合う事になるんだけど
娘を自分ではどうする事もできず
勿論、これが大きな勘違い
娘は娘なのに
力ずくで治せる訳ないし
頑張れば何とかなる根性論は逆効果な起立性
今まで、思い通りに
勉強、運動、習い事やりこなしたていた娘
自分のアバターのように動かしてたんだ
最悪な母だった自分
私は、沢山彼女に投資し沢山の教養をつけさせ
人生をスイスイ得意げに進んで行って欲しかったんだ
自分の中の強烈な劣等感を
彼女を使い
補わせていた
最悪な母だった自分
今は、素直にそう思う。。
ごめんなさい
私の場合、娘の起立性はあまりのショックで、
社会から一旦距離を置きたかった
でも、仕事がフリーでお客様と打ち合わせのある
外に半分は出る仕事
心は死んでたけど
完全には仕事を切る事は出来なかった
いや、怖い、社会との繋がりを閉ざすのは
仕事は、自分を保つ為に必要だったのんだ
しかし、仕事以外の私のこころは
固く、冷たく、死んでた。涙で溢れて
涙を受け止めてくれる先を見つけたかった
藁をも掴む、掴みたい、拝みたい心境
1番苦しく思考停止してたのは娘も同じ
。。娘も同じだった
娘は登校は諦め、
自分の命を何とか保つ為、
好きな推し活やデジタルアートやイラストを描き続けていた
私、心が死んだけど
出来そうな仕事だけは請けていたから
まだ、救われたんだと思う
時に仕事で忘れさせてくれたり、
笑顔をもらっり
家族から離れる時間は
もう1人の自分を演じさせてもらえる
仕事よ、ありがと
もう無理、心が死にかけた時
1番苦しかった時に
ペットを飼い始めました
それが9月23日
その時から、手の掛かる愛犬君に癒されながら
何とか惰性で生きてた一年
ワンコには相当癒され、元気な
わんこ君は、私も娘も主人にも
笑顔をくれたよね
昔、娘が赤ちゃんだった時、赤ちゃんの笑顔をみて
夫婦で見合わせ微笑んだように
わんこの可愛い行動に家族が一緒に微笑む一瞬
癒されたし、少しだけ元気になっていった
でも
まだまだ
やっぱり辛かった
辛い時、人は
救われる言葉や歌【特に歌詞】を探すんだというのも分かったなあ
本を沢山読んだし
ブログも沢山読んだ
普段聴かないアーティストの歌も聴いた
それに、
自分をもっと、楽にしてあげたいと
普段と違う何かを求めたりした
ココで、
間違えると、
良くない集団や人に依存してしまう
そんな諸刃の刃の時期
amebloで見つけた
カウンセラーさん【カウンセラー陽子】
に半年以上カウンセリングや心理学をベースにした
学びを受けた
これが、多分
心の回復期移行への序盤
本当に辛い時期だったから
平常に戻れる自信は正直全くなかった
カウンセラーを信じられるかも賭けのような心境
でも、この苦しさから全力で逃れたい一心のみ
身勝手な自分
私だけでも、楽になりたい
全てを曝け出せる安心できる人
気持ちを理解してくれて、明るくしてくれる人
本当に陽子さんには助けられた
暗いトンネルに手を繋いで温かく出口へ
伴走してくれたペースメーカーのような
お母さんのようなカウンセラーさん
カウンセリングが終わると
毎回元気になったし、狭くて仕方のない
視野がバーンッと広がってた
起こる事への捉え方を教えて貰ったなあ
陽子さんから教わった私を支えた言葉 特に
【事実はひとつ、解釈は無限】
【出来た事に目を向ける】
その数ヶ月間の長期に及ぶ講座が終わり
私の気持ちは少し元気になっていた
それが昨年12月
それから10か月
娘は相変わらず体調は悪い時も半分はあるけど
私は不思議と少しずつ平気になってきた
何故だろか
うちの子は個性的、分かってた
けど思い通りにしたかった糸を離した
当たり前
でも、長年強く握ってた糸
今、個性的な娘を心から応援したい
彼女の人生だから
やりたい事を彼女らしくする事しかやれない
この単純で純粋な事実を
ようやく、ようやく身をもって
分かるようになってきたのかな
お笑いにはまっている娘
お笑いに元気を貰っている娘と私も
お笑い芸人から元気を貰い
芸人になりたい夢ができた娘
甘く無い世界だけど
一度しかない人生
トライ&エラー
トライは心が動かなくてはチャレンジしない
元気がなければトライできない
自分らしくというか
個性的な娘は彼女らしく生きていくのが
一番元気な時、笑っている時
笑ってる時って
出来る気がするんだよね
夢も叶う日がくるようなテンションになるね
それが真実なんだな
ようやく、ようやく
わかったら
力が抜けてきた
