まずは先日のオールドデリー観光の続きをさらっと。


前回ちょっとだけご紹介したオールドデリーの ”ザ・インド” な街からほど近い場所にある『ラール・キラー』という赤いお城へ。



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ここは、1639〜48年に建設された建物で、その昔ムガル帝国第5代皇帝の時代のものなんだそう。1827年に起きた「インド大反乱」の時にイギリス軍と反乱軍により破壊されてしまい、いま見る事ができる建物は、その時残った部分のみなんですって。残されたものだけといっても相当な迫力を感じられるので、ムガル帝国全盛の頃がどれほどすごかったのか、想像を遥かに超えるほどだったのでしょうね〜。
因みにこの建造物群は世界遺産に登録されていて、毎年8月15日の独立記念日には、ここで首相臨席の式典が行われるんですって。ちょっと見てみたい気もするな。





この世界遺産と垂直にのびるこの道沿いの街は、地元の人々で昼も夜も賑わう庶民の街、チャンドニー・チョウクというところです。
 

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真昼間だというのにこのすごい人。オールドデリーに限らずインドの街を見ていつも思うことなのですが、平日の昼間にこの人たちはなんでぶらぶら歩いているんだろう…と。仕事しなくて大丈夫なのか?とか思っちゃいます。あんまり人のことは言えないけどね爆笑




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日が暮れる頃になると、さらに人の往来が増え、道路も車とバイクとリクシャーと自転車で大渋滞になり、ものものすごーい状況になるようです。ムンバイの比じゃないくらいの混沌どえす。
そして、暗くなると足元注意!
何故なら、チュー太郎たちのお食事タイムが始まるからでーーす滝汗





さぁお次はニューデリーを観光ー!


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この辺りは官庁が建ち並ぶ場所。



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ココはニューデリーのインド門。なんてきれいなんだ…。もし、インド人が視界に入らなければインドにいることを忘れるくらい”インド”を感じない!
日本に例えて言うなら、ニューデリーは銀座で、オールドデリーは浅草。ムンバイは新宿といったところかな。
でも、、やっぱりとても同じ国とは思えないよーーびっくりアセアセ




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この人は、インド門周辺にいた耳かき職人。
耳かき職人は、ムンバイの街中にもいるんだけれど、まじまじとお見かけしたのは初めて。言葉は通じないけど適当に話しかけてみたら、耳かきをヤらせろっぽいことをオットが言われ、私は内心やってもらえ〜!って思っていたけれど、マジ無理アセアセマジ無理アセアセって必死になって拒否したため体験談は聞けずじまい。ざんねーーーん。(ヒトゴト口笛)



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耳かき職人の道具がコレ。なんか不思議なものを揃えているなぁ。耳かきするのにこんなもの必要なのかしら?
道具まで写真を撮らせてもらったら、耳かきしてないけどお金をちょうだいみたいなこと言われたのでほんとの代金はいくらか知らないけど20ルピーをお支払い。楽しめたのでヨシ!!




そしてそのあとは、ニューデリー郊外にあるこれまた世界遺産に登録されている『クトゥブ・ミーナール』へ。


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インド最初のイスラーム王朝がヒンドゥー教徒に対する勝利を記念して1192年から建て始めたものなんだとか。




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この塔は5層建てになっていて、1層目は円形と三角形の断面が繰り返す造りになっていて、そこにコーラン(イスラム教の聖典)の章句を図案化したものが彫られているんですよ。




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手前に建っているのは、鉄の純度が100%近い鉄柱で、3-4世紀に造られたものなんですって。サンスクリット語の文字が刻まれています。


サンスクリット語とはなんぞや?ですよね。
古代インドで公用語となっていた言語だそうです。サンスクリット語がアジアに渡り日本語にも影響を及ぼしているんですって。


知れば知るほどインドってすごいわ〜〜。
なのに、何故インド人はあぁなの…?真顔タラー  
、と毎度思う。