『与える』とは同時に『奪う』ことでもある。
毎日エサをもらえる飼い犬が自分でエサを得る能力を奪われるように
甘やかされ何でも与えられた子供が自立する力を奪われるように
僕は沢山のモノを奪われてきた。
苦労して何かを成し遂げた達成感も
好きな人の意味深なメールにドキドキすることも
サプライズパーティーでサプライズすることも
僕にはできないのだ。
怒りも哀しみもない代わりに喜びも楽しみもない。
ある漫画の主人公(超能力者)のセリフより
何でもあり過ぎる
何でも知り過ぎる
“ない”ことを意識できないのは成長のさまたげになるということですな。