仕事を休んで最初の1週間は自分だけ取り残されているようで不安だった。
しかし、次の週は楽だった。ひとりが好きな自分に戻った。
猫の通り道でぼんやりとまちぶせする。そんな時に限って猫はなかなか通らない。
もし猫が通った時のためにねこじゃらしを見つけに行く。
しかし、よく見かけるねこじゃらしは見つからない。
そんなもの。。。
猫には会えずとぼとぼと家に帰る。帰ると言っても数メートルの距離です。
家では、六感を刺激する音を探す。
音が見つかると繰り返し聞いてどんどん重ねていく、たまに転調してみる。
そうして自分の殻を作り出して、篭る。
脳内をぐるぐると駆け回り心地よい場所を見つける。
知っている人にも会うが、知らない人にも出会う。
どう声をかけようが何を話そうが自由。すべて脳内だからすべて自由。
なんて素敵な世界。すばらしい脳内。
記憶をたどっていくのに似ているが、記憶ではない。
それは新しい、まったくありえない自由な記憶として脳内に残る。
時々、覗いてみないと自由な記憶は消えてしまう。
だから時々、殻に篭る。そうして、ひとりが好きになる。
この自由な記憶を分けてあげたい人がいる。だけど色や光をどう説明したらいいだろう。
このすべてを誰とも分かち合えないと思うとき、
誰かと一緒に同じ殻に篭ることは不可能だと気づくとき。
すばらしい世界は急に悲しい世界に変わっていく。
だからやっぱりひとりでいいと・・・脳内の旅をつづける。
ふたつの世界のバランスを保つのは難しい。
天国と地獄ほど違うのだから、好き好んで地獄に戻ってこようとは思わない。
呼ばれて仕方なく戻って行く。
「またすぐに戻ってくるから」と言い残して。
だからと言って、現実に地獄のような世界に住んでいるかというとそうではない。
それは、それなりにいいこともあり、楽しいこともある。
ただ、自由な記憶の中では終わりはあっても、ひどく傷つけられることは決してない。
そして、自由な記憶の中は胸が痛くなるほど清らかで美しい。
涙がこみあげてくるほどの真実。
胸が痛くなるほど清らかで美しい真実。
ただ儚い。