人として当然の恋
LGBT今になって、ようやく熱いトピックになってきたようです。LGBTの方のためのトイレも考案されているとか。でも、「多目的トイレ」「みんなのトイレ」「誰でも使えるトイレ」……ネーミングがおかしいと思うのは、わたしだけでしょうか?「多目的トイレ」に至っては、えっちな想像しかできません。「みんなの、誰にでも」その言葉、本当ですか?じゃあ、LGBTでない人も使いますか?…使いませんよね。もう中学校から取り組んでいるところもあるそうですが、健常者を含め、誰も使わないのが課題になっているそうです。個別につくれば、「そこに入ったら、LGBT?」という偏見を持たれます。そもそも、みんな、その偏見が嫌なのではないでしょうか。わたしはB。バイセクシャルです。本気で男性にも女性にも恋をします。既婚なのは、①男性のほうが結ばれる確率が高かったから。②わたしは彼を愛しているし、③結婚のタイミング・相性ともによかったから。それと、④家族が納得するから。⑤プロポーズされたとき、断る理由もなかったです。5つ要素がそろっていました。もし、好きになった人がそのとき女性だとしたら、ここまでトントンはいかなかったでしょう。わたしが男性でも女性でも好きになれるのはいいことかもしれません。でも、女性の相手は、わたしを友達として見ます。わたしは嫉妬心というものがないのでなんとも言えませんが…異性の恋人を優先されるたら、さすがに悲しみます。ことに、女性に対しては。性に関しての話題はタブーのような雰囲気があります。LGBTにだって、性欲や、仲良く触れあいたい気持ちはあるんです。障害者と性も、映画で話題になりました。それはまたお話しするとして、「障害者と性」「LGBTと性」と思うから、専門的でふみこんだ考えが必要とされると思っている人が多いのではないでしょうか?「同じ人としての性」そう見てくれる日は遠いかもしれません。それでも、人としての性がある限り、つきつめていく必要のあるテーマだと思います。