LD菊池のこの指とまれ!! -3ページ目

LD菊池のこの指とまれ!!

自分の人生自分の足で歩いてますか?LD菊池です。



9年勤めた信用金庫を辞めて42歳で外資系生命保険会社に転職、



不安な日々の中で、色々なすばらしい出会いに導かれ、



今は夢の実現にまっしぐらの私の話を是非聞いてみてください。

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  【頭を下げる人】

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東日本大震災で尊い命を奪われた方々の

ご冥福をお祈りするとともに

現在、厳しい環境と戦われていう皆様が

一日でも早く笑顔を取り戻せるようにと

心から願っています。

pppppppppppppppppppppppppppp

先日、テレビを見ていたら

電力会社の人達が、

避難所にいる人達に

お詫びをしている様子が放送されていました。

作業服を着て、正座をし、深々と頭を下げる

電力会社の社員の方に対し

怒りをあらわにして

「対応がなっていない」と怒鳴る人

涙ながらに

「早く家に返してほしい」と訴える人

等などの映像に混じって

深々と頭を下げた社員の人達に対し

同じように頭を下げて対応する

人の映像が流れた時

なんだかとってホットするする気持ちに

なりながら、

今から30年前の出来事を思いだしました。

1981年10月、夕張で日本最大の炭鉱事故がありました。

北炭夕張新炭鉱ガス突出事故

最終的な死者は93人で、炭鉱事故としては、1963 三井三池三川炭鉱炭じん爆発 福岡県 大牟田市 )の458人、1965年の三井山野炭鉱 (福岡県嘉穂郡 稲築町 (現在の嘉麻市 ))ガス爆発事故の237人に次ぐ、戦後3番目の大惨事ででした。

※事故参照

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E7%82%AD%E5%A4%95%E5%BC%B5%E6%96%B0%E7%82%AD%E9%89%B1%E3%82%AC%E3%82%B9%E7%AA%81%E5%87%BA%E4%BA%8B%E6%95%85

このとき、私は大学生で

東京にいて友人とテレビを見ていました。

テレビ画面には、現場映像が映り

次に会社幹部と保安責任者が頭を下げる

おなじみの記者会見のシーンが

映し出されました。

一緒に見ていた友達が言いました。

「こんな時、偉い人はカメラに向かって

 頭を下げるだけで、なんにもしないんだよな」

横にいる私は何も言えませんでした。

テレビに映っていたのは

私の父の同僚でした。

その時私の父は、事故の救援隊の隊長として

現場で指揮を取っていました。

なくなった方たちの多くは、父の部下であり

友達の父親でした。

もしかしたら、テレビの中で頭を下げているのは

私の父だったかも知れなかったのです。

この事故は、最初のガス突出事故発生の後に

救援に入った人達が爆発で返らぬ人となった

悲しい事故でした

この救援隊のトップが私の父でした。

父は、一番最初に事故現場に入り

これ以上入ると危ないという判断の基に

戻ってきたのですが、

父が戻る前に、

第2次部隊として坑内に入った人達が

爆発にやられてしまったそうです。

父はその後2週間以上家には帰ってこれず、

遺体を回収する為、坑内火災の消火のため

坑内に水を注入するという

苦渋の決断を迫られる立場だったようですが

今でも事故の話は、あまりしたがりません。

去年のお正月、亡くなった母の弟である叔父から

こんな話を聞きました。

事故の時、

私の母は札幌に住む叔父を夕張に呼びだし

現場にいる父の替わりに

遺体が上がってきた方々の家を

一軒一軒、頭を下げてお悔やみに回った

当時は母、体を壊し週3回の人工透析をしており

とても普通の状態ではなかったのですが

気丈に立ち振る舞っていたそうです。

その母が亡くなったのは

事故から10年ほどたった平成4年のことでした。

「お前のお袋はすごい人だったぞ」

叔父は、遠くを見るように話してくれました。

すこし、話がずれてしまいました。

償っても償いきれない罪があります。

それに対して

心から、頭を下げている人がいます。

やりきれない思いを

誰かにぶつけたい!

当たり前の気持ちです。

でも、深々と頭を下げる人達に

同じくらい頭を下げて

「悪いのはあなたたちではない」

といえる人がいます。

「怒鳴られる」ことで

相手の気持ちが少しでも軽くなるなら

と言う思いで頭を下げ続ける人達にとっては

もしかしたら

怒鳴られるより

自分たちと同じように頭を下げられるほうが

辛いかもしれません

しかし、頭を下げる人に

思いやりの言葉をかけてくれる人がいることが

すべての人の心にあかりを運んでくれるような気がします。

誰もが、悲しみと怒りに包まれている時に

「相手を思いやる心」を持てる人になれる人がいるかぎり

日本は必ず立ち直ることが出来る

そんなことを思ってしまうのは私だけでしょうか

震災立ち向かっている人達から

私達は、いろんなことを学び

そして、勇気を与えていただいている

真摯に受け止めなくてはいけないと思います。

他人は変えられない

変えられるのは自分だけ

だから、「人のせいにしない」

これは私がことあるごとに

自分に言い聞かせている言葉ですが

果たして自分が、究極の逆境に陥った時

どこまでそれを貫けるか

自信はありませんが

逆境の時

自分の子供たちにとって

頼りになる父親でいられるために

常に自分を磨かなくては

おじさんの挑戦は

まだまだ続きます。

では、また来週!

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  【ディズニーランドを考える】

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先日TVを見ていたら

震災の影響で、閉園していた

東京ディズニーランド再開のニュースが流れていました。

今回の地震では、千葉県もかなりの被害を受けていたらしく

アトラクションも一部運休しての再開らしいのですが

まずは、「夢の国」が復活することで

少しでも日本が元気を取り戻してくれることを

心から願っています。

ディズニーランドには2回ほど

遊びに行ったことがあります。

一回目は、30代の前半

まだ、子供が小さく

ただ、ただ、忙しかったという印象しかなかったのですが

2回目にいった時は、転職直前の40代前半の頃

子供たちもずいぶん大きくなっており

心に余裕があったせいか

非常に楽しかった思い出があります。

その後、外資系保険会社に転職し

ビジネス・マーケティングを勉強するようになり

たまたま、

「社会人として大切なことはみんなディズニーランドで教わった」

と言う本の著者

香取貴信さんの講演に参加し

熱い熱いお話を聞き

「働く人を熱くする」

ディズニーランドのすごさを知ってからは

ますますディズニーランドファンになりました。

ディズニーランドで働くみんなさんの大半は

時給で働くのアルバイト

そんなバイトさんたちが

あれだけすばらしいサービスが出来るのは

みんなが

夢の国で働いているという想いを共有し

「人を楽しませる」事の楽しさを

身をもって経験できるしシステムが

きちんと出来上がっているからであり

アルバイト、一人一人が

自分とディズニーランドのストーリーを作っているから

ディズニーランドから学べる

もっとも大切なことは

人は誰かを喜ばせることによって

幸せになれるという

非常にシンプルな原則なのです。

しかしこの忘れてはならない原則が

仕事が忙しくなってくると

頭の中からきえてしまい

いつしか

目の前にある仕事をこなすことだけが

人生の目的になってしまいがち

これがエスカレートしてくると

仕事をこなすし、利益を上げるため

いろんな人にいやな思いをさせたり

時には人を出し抜いたり、騙したり、

さらには、脅したり、泣き落としたり

そんなことをしても、

金銭的に成功できる人は

ごく一部

大半は、忙しく、ぎすぎすした時間が

過ぎるだけの人生を送るだけ

そして、金銭的な成功者が

必ずしも幸せをてにいれっれるわけでもない

忘れてはいけないこと

「仕事とは、人を楽しませて

 それに見合った対価を受け取ること」

相手の感動が、大きければ大きいほど

受け取る対価も大きい

たとえば住宅ローンの販売で

人を感動させるのは

簡単なことではありません

でももしそれが出来たら

自分たちのステップは確実に一つ上がっているはず

「お客さんの心から喜んでもらえる仕事

 感動を与える仕事」

少なくともこれを目指すことを忘れてはいけない

仕事を通じて、世の中に小さな感動を増やしていくは

一番身近な社会貢献

さて、どうやって、

住宅ローンと生命保険で

お客様を感動させられるか

一生のテーマかもしれません。

おじさんの挑戦はまだまだ続きます。

では、また来週!

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  【形のない物を売る仕事!】

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昨年5月末にオープンした住宅ローンショップも

早いもので10ヶ月が経過しました。

ちょっと遅めの春の訪れともに

住宅について考えるお客様が増えてききたようで

土曜、日曜はお子様連れのお客様のご来店が多く

当店自慢のキッズコーナーも大盛況

スタッフがお客様と対応している間

私はコーヒー係+臨時保父さんとして

いそがしく頑張っています。

小さなお子さんたちを見ていると

若いお父さんお母さんたちが

「この子たちの為に新しい家を建ててあげたい」

という夢の実現にぜひお手伝いをしたい

そんな気持ちが湧きあがってきます。

昔、昔

大学を卒業し最初に勤務した信用金庫時代

1万5千円を毎月、一回集金にお伺いし

5年間で100万円貯めるという商品を

一所懸命販売していた時代がありました。

ご契約をいただくと

お客様に一枚の証書をお届けし

契約をいただいた翌月から

雨が降ろうが、雪が降ろうが

満期が来るまで

お約束した日に

50CCの原付バイクで集金にお伺いし、

証書に集金印を押してくるという

非常にアナログナ仕事です。

お客様の手元にあるのは原価何十円かの一枚の証書だけ

でも、そこには、

お子様の進学だったり

家の新築だったりと

いろんな夢が詰まっています。

月末近くの忙しい日には、

一日40~50件の集金をした時もあり

早朝から夜遅くまで走り続け

自分が何をしているんだか

判らなくなることもたびたびありました。

信用金庫の転勤サイクルは平均3年

ですから5年ものの積み立ては

せっかくご契約をいただいても

満期まで集金できることはまずありませんので

転する時は後任者に後を託していきます。

つまり

形がないどころか

結果も確認できない商品なのです。

それでも、お客様とお会いし、

将来に対する夢やビジジョンをお聞きして

それを実現のための資金作りを一緒にしていく

というコンセプトで

月一回 訪問するうちに、

お客様との距離が縮まっていき

いつの間にかいろんなことを

相談していただけるようになり

最後にはコツコツと頑張った努力が

お客様の夢の実現のお役に立てる

そんな定期積金という商品

とっても好きでした。

その後、外資系保険会社から

ファイナンシャルプランナー事務所

そして、住宅ローンショップと

少しずつ仕事の中身は変わりましたが

今日まで一貫して金融商品という

形のない商品を取扱ってきました。

形のない商品だからこその難しさを

日々実感する28年間でしたが

形がない商品だからこそ、

お客様の中のイメージと

こちらのイメージを一致させることが

何より大切であり

そのために磨いてきたコミュニケーション力が

今では自分の大きな財産となりました。

形がないからこそ

可能性は無限大です。

これからも、たくさんの人の夢をかなえるべく

おじさんの挑戦はまだまだ続きます。

では、また来週!