ちょっと閑話休題
今日1月17日は阪神淡路大震災から28年
当時は神戸の灘に住んでいて高校3年生だった
その前の土日にセンター試験(今で言う大学入学共通テスト)が終わって、一息がついた時だった
なんかふと明け方に目が覚めて、また寝ようとしている時に突然大きな揺れがやってきた
これはまずい、と思い掛けていた毛布と冬布団にすっぽりと入り、揺れが収まるのを待った
その間に部屋にあった和箪笥が倒れてきて自分の上にのしかかった
今思えば、目覚めていなければ、夏であれば、ひょっとすると助かっていなかったかもしれない
(昔ながらの和箪笥であったため、重量は相当のものがあった)
揺れが収まってから、親が様子を聞きに来て、自分は箪笥の重さで動けない旨を伝えると、少しだけ持ち上げてもらい、這い出すことが出来た
電気ガス水道が全て止まり、まだ日の出前だったため、家の中は真っ暗
外から「小学校の方に避難して下さい」と言い回る声が聞こえ、着の身着のまま小学校の方へ向かった
だが着いてみると校門の前に人だかりが出来ており、避難するように言っているが小学校が開いていない、と言う状況だった
このままここに留まっても埒が明かないと思い、家の方に戻ることにした
日が昇り、家の中を見渡せるようになると、思っている以上の荒れ具合だった
倒れたガラスケースが散り、母親が作っていた梅酒が割れて床がびしょ濡れと言う惨状…
よく出ていく時にガラスを踏んで怪我をせずにいれたな、と今更ながらに思う
住んでいたマンションは当時築3年と若かったおかげで外壁にヒビが入っているくらいの損害だった
(このヒビが放置されていた影響で雨の時に水が入り、押入れが湿気とカビに悩まされる日々が続くことになるのだが…)
震災のニュースが出ると、
「当時を知る人が減っていき、世間の記憶から薄れていく」
と危惧する人のニュースが度々あるけれど、個人的にはそれは違うと思っている
もう28年前の出来事であり、歴史の教科書に出てくるくらいになっている
伝えていくこととしては「こういうことがあった」は今でも十分伝えられていっていると思うし、当時を知らない今の子供たちに、震災の記憶はしっかりと後世に伝えていかないといけない、と言われてもきっとピンと来ない
体験談を聞くことが出来ても、それを自分の言葉に置き換えて後々伝えていくことが出来る人なんてほんの一握りだと思う
これは東日本大震災についても同じことが言える
ただ、阪神淡路大震災、東日本大震災があり、地震の防災に対する世間の意識は大きく変わっているのは事実であり、そう言った意味では個別の震災の意識は薄れていっても、大きな記憶の賜物と言えるのではないかと感じる
毎年1月17日の5時46分、被災地の至る所で鎮魂の催しが行われている
これが続く限り、阪神淡路大震災に対する思いが希薄になると言うことはないのではないかな、と思う