バスの指定席で、隣の席の人の体臭が気になる。

 

 

席が決められている大学の講義で、隣になった人の口臭が気になる。

 

 

一瞬、自分の方かなとも疑うが、今朝、舌も磨いたし、ヘアトニックもつけたし、靴にファブリーズもして外で乾かしておいた。

 

 

やはり、隣の人か。

 

 

思えば、臭いに対してのエチケットを気にするようになったのはいつからだろう。

 

 

小学生の頃、ストレス性の胃の悪さだったのか、父親に口が臭いと何度も言われたこともあり(今、思い返すと父親も新しい仕事のストレスもあったのだろう、口臭がひどかったのだが、まあお互い様である)、胃薬やブレスケアを飲んでから学校に行ったり、嫌な臭いがするのは周りにも迷惑だし、不愉快な思いにさせるのだという思いが強くなった。

 

 

中学生になると、脇のケア、靴にはファブリーズが加わり、高校生になると、汗をかいた時の頭皮の臭いも気になり出し、ヘアトニックも加わった。

 

 

中でも、何より苦痛だったのが、全校集会、授業中など、少し長い時間拘束される時に、放屁感を催した時だ。

 

 

おそらく、いじめられたくない、迷惑をかけたくない、注目の的になりたくないという思いがあったのだろう。

 

 

だから、あらかじめたとえ便意を催してなくてもトイレに駆け込むことが習慣になっていた。

 

 

もし、それでも放屁感を催してしまった時は、その時間はひたすら肛門に力を入れ続け、その時はひたすら我慢し、解放されたら、人影や、物陰で、たまったガスを出すということをしていた(まあ、それでもどうしようもないという時もあるのだが)。

 

 

あの時の体育座りは辛かった。

 

 

最近、この悩みを抱えている人が、実は意外と多いことが調べてわかってきた。

 

 

中には、社会人になっても、この悩みを抱えている人もいるそうだ。

 

 

「夏祭り 花火と音で 放屁する」

 

 

他にも、スーパーで買い物中に周りに人がいないか、確認してこっそり。

 

 

人混みを歩きながらだったら、誰がやったか分からないので、そこでという人も。

 

 

人によっては、エレベーターでテロ行為が如く、何食わぬ顔でするおっさんもいるようである。

 

 

また、放屁を天罰として使うという面白い人もいる。

 

 

まあ、何せ放屁感も尿意や便意と同じように、人間としての生理現象である。

 

 

溜めすぎも良くない。

 

 

皆、このようにうまく放屁感と付き合っているのだ。

 

 

決して一人ではないのだ。そうじゃないとしたら、ペッパーに放屁感はあるのか聞いてみたいものだ(何と答えるのか少し気になる)。