こころのおにぎり。 -27ページ目

こころのおにぎり。

心の通訳
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言い聞かせる

 

親が子供に言い聞かせることは当たり前。

それを出来ずしてまともな親であるのか。

 

10年ほどわだかまっている言葉であり、

主人の家族から突きつけられた常識。

この言葉を偶然耳にするたび、

未だに砂を食べているかのような

不快さが蘇る。

 

その頃から始まった私の身に起きた

うつ、家族崩壊、子供の不登校など。

負のループを真っしぐらに

進んでいくことになった

決定的な出来事があった。

その時に何度も聞かされた言葉が

「言い聞かせる」だった。

 

母親なのだから

ちゃんと子供に言い聞かせる事を

しなくてはいけない。

何故母親なのに

言い聞かせられないのか。

それが出来ない未熟な母親。

そんな母親だから妻としても不完全。

家族の為に一生懸命に働いている

息子が可哀想。

息子は早く離婚して、

もっと自分に合ういい人を

見つけて幸せにならないと。

そして子供が

40になっても50になっても

叱って言い聞かせるのが

親の役目である。

 

ある一面から見れば

そう言う世界もあるだろう。

私なりに幸せに、

一生懸命毎日を過ごしていた身には、

それらの言葉は死神の大鉈に感じた。

 

なぜ私が子供に言い聞かせなかったのか。

子供の考えもまた一理あると思っていた。

頭ごなしに父親の望みや都合だけを

押し付ける事が、母親としての

私のすべきことではないとも思っていた。

いくら家族の為に仕事をして

稼いできてくれているとしても、

父親が望む事を叶えることだけが

正解だとは思わなかった。

家族だから。

それが私の考えていた結婚であり

家族の在り方だった。

 

親と子。

当時の私は、子育てを通じて

子供から学ぶことの多さと

素晴らしさを実感していた。

結婚前、

尊敬する大先輩から子育てとは、

という彼女の持論を教わっていた。

子育てとは、

どういう人に育ってほしいか。

その価値観を子供に伝えていくこと。

だからと言って、

親の想い通りにするのとは訳が違う、と。

 

常識という分厚い鎧を

何重にも装着して

生きている大人とは違い、

純粋な眼差しで物事を見ている

子供の方が正しいこともあるだろう。

それを親という権威を笠にきて

言い聞かせるという事は、

なかなかに独裁的だと思っていた。

 

何が正解かはわからない。

私自身だって、

こうだと決めつけて、

自分の考えを子供に

押し付けてきた事もある。

特に自分が疲弊しきっていた頃は、

一生懸命のあまりそうであった。

いくら私なりの愛から出た行動とはいえ、

その事が余計に状況を悪化させた事は

猛省している。

 

私が元気に戻っていく最中、

成長した子供たちの考えや意見に

脱帽した事が度々あった。

もちろんそれは今も変わらない。

それこそ子供に言い聞かされる

場面もあった。

私の子育ては失敗だったと

思っていたけれど、

結果的に大成功だったのではないか。

こんな人になって欲しいと思っていた

その姿が私の目の前にあるのだから。

 

言い聞かせる

そろそろこの言葉にかけた呪いを

解けるかもしれない。

それでもまだ耳障りなこの言葉。

それは私の思う価値観なのかもしれない。

 

 

 

 

 

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