うん。批判って簡単にできるし、したくなるけど失敗したことに対して文句だけ言っててもしょうがないよね。批判ではなく助言したほうが生産的だし。
最近一番思うのは何でもかんでも、子どもの不出来を親の教育が悪いせいという兆候。
親は子どもの将来のために責任をもって教育をしなければならないし、そんな覚悟がない人は親になる資格はないと思う。
けど誰でもたいていは教育をするなんてはじめての事だから、たとえどんなに覚悟と責任をもって子どものために努力をしたってそれが正しくなかったり、結果がうまくいかないことだってある。そもそも完璧な教育ができたら完璧な子どもが出来上がるなんてそんなもんじゃないよね、人間は。
なのに良い所もたくさんある子どもの悪い所ばかりを取り上げてはそれが親の教育のせいだ!やれ子どもが可愛そうだ!責任感がないだ!だの批判厨が後を絶たないのが最近の流行。
例えば友達をわが子がいじめたとしよう。そのような性格の子どもになった原因は親のせいではない。
子どもの性格の発達は環境などを含め様々なものが関係するだろう。そこは専門家でもないし専門的に勉強したこともないので詳しく言及はしない。
しかし、親のせいだけではないとは断言できる。
「だけではない」と述べたとおり、親のせいももちろんあるだろうがその割合はおそらく少ないものだと感じる。
同じ親に同じように育てられた子どもでも全く違う性格になるのだ。そこには兄弟といった役割が存在するが、それでも子どもの性格は親によるところがそんなに多くないように見える。専門家に言わせれば簡単に反論できることかもしれない。しかし様々な家庭を見ることができる仕事に少し携わっていたのだが、その経験からもこれは確かなようである。
今後このように教育の端っこに携わることは無くなってしまうが、この経験は私の探究心を擽り、この分野に関して見識を持つようになった。
私はだめな親の擁護をしたいわけでもないし、だめ親である自分の言い訳としてこれを記述しているわけではない。そもそも私は子どもなど持っていないただの大学生である。
とどのつまるところ、最初に述べたように批判厨を批判したいのだ。そんなことを言っていても何も生み出さないし、誰かが反省するわけではない。人は何か不始末事があると誰かにその責を負わせることで安心するのだろう。このことについても責任を親にあてることで世間や周囲のものは一旦は安心するのだろう。しかし人の発達などそんな簡単なことでないのは誰もが承知であるはずだ。
分っていてもやってしまうけど、それを思いとどまることの大切さ。
この信念は生活のいたるところで大切である。皆誰しも何のことか分っているはずだ。だからこそここで敢えて書くことでもう一度自分を戒めて欲しい。
と論文チックに書いてみました。いやね、こんなこと書きたかったわけじゃないのよ。
あ、親ばっか批判すんなよー、批判厨氏ねってのは本心ですがね。
その下はカッコつけた←
あー、なんかゲーム買いたいなー(^O^)/