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もしかしたら自分は間違ってるかもしれないと…
そう思っていたので黙っていましたが、友人たちと話すにつれ、
それは間違いではないと感じたので。

僕はこう思ってきました。
例えば、オーディエンスからお金をもらってLIVEをやるとしましょう。
最近のLIVEは席によって支払う金額が違います。

でも、高いお金を払ってくれた人のためにLIVEをやったりはしないんです。
近いから良く見える、良く聞こえる。より近くで見える。
そのアドバンテージの料金が高いことはあるかも知れないけど、
高いお金を払ってくれる人のためだけのLIVEはない。

そんなことして、何になるのでしょう。
次にオーディエンスの定義付けね。
「あの人は良いお客」「あの人は違う」これってなんのくくりなの?
良いお客は文句を言わないから、
クオリティを下げても許してもらえるっていう意味?

「今日のお客さん最高だったよね」って
その言葉は心の内側にある”定義付け”で大きく変わってしまう。
『多少手を抜いても、多少差がでしまっても』
文句言わずに笑顔でいてくれるから「良いお客さんだったよね」って
それは言っていい言葉じゃないし、感じていい感覚じゃない。

「前はそれでも許されたじゃない」って
それはまず相手に責任の所在を置く前に、満足を与えられていない、
与えられなかった自分を、自分自身の在り方ややり方を考えるべきじゃないだろうか。

人は不変じゃない。
時間が流れ続けている以上、感覚は変わり、
不鮮明な盲目さは鮮明な現実を見つめるようになる。
それは時間と体験と経験が積み重なるから絶対に起こること。
そして時間と共に満足度は違ってくるし、違って当然なんだ。

でも、そのままを好むオーディエンスはいる。
その姿勢から出てくるセリフはとても柔和的で優しく、
プレーヤーを勇気づけるだろう。
これは正しい選択なんだって。
自分のことを優しく応援してくれてるって。

ボクはでも、そこで成長は止まってしまわないかなって
強い危機なんじゃないかなって感じている。

オレたちのやり方を気にいってくれた人だけが、
聞いてくれればいいんだよって。違うよ。
始まりを思い出してみてよ。

どうやったら、自分のところに来てくれる人を満足させられるか。
そうじゃなかったっけ?
そして、どうやったら自分のことをもっと知ってもらえるんだろう。
そうじゃなかったっけ?
結局自分の都合のいい人に、都合良く届く状況を取り上げて、
「自分のことを理解してくれる人」って、さもある言葉並べたけど、
色んな人に聞いてほしかったんじゃないの?
本当はたくさんの人に楽しくなってほしい、もっと楽しんで帰ってほしい。
そうじゃなかったっけ?

どうしてそうやって寄り添う努力を失くしてしまうの?
どうして自分の楽な方へ自分を導いてしまうの?

確かにね、
今いる人を大事にするのはとっても大事なこと。
そうじゃないとダメだとも思うんだけど。
そういう人にだって、変わった自分を、進化してる自分を示したいじゃない。
そして新しい人たちに出会いたいし、その準備をいつだってするべきでしょ?
それが自分たちのサービスを出す、クオリティを求めるってことじゃないのかな。
そうじゃなきゃいままでいた人だって、いつかは目を覚ましてしまう。

同じ楽曲で同じクオリティが続くLIVEに
誰が来たいと思うだろうか…。

目を覚ました先で、お互いを尊重し合える物事を
サービスをする側がまず出して行かなければいけない。
いまあるすべての自分を、最新の自分を、常に真新しい気持ちで。
それが「サービスを提供する」ってことじゃないだろうか。
ボクはそれが「アティテュード(姿勢)」じゃないかと思っている。
だから新しい楽曲をかくんだ。
あの日のボクはもういないんだから。

どうか思い出してほしい。
マンネリだってなんだって、続けていくには、
進化を続けなくては、立てる場所さえ無くなってしまう。

人はバラバラで優しく、そしてココロを隠し、
涙を見せつつ、ふと立ち去ってしまうのだ。

long time no see
久しぶりだね 元気にしてたかい?
ちょいとはずかしい それがまた刺激

ズバッと顔を 見つめられない でもね
もう1回 1から 始められてうれしい

いつだって long time no see ってなもんで
再会に感謝
昨日の今日でも 10年ぶりでも
初心を忘れず
この一瞬(ひととき)に燃えつきる

ハンパに自信がついてきたとこで
ゼンギ運動もすっぽかしだした

たいして何もわかっちゃいないのに 
うっかり自惚れてると大ケガして泣くよ

いつだって long time no see ってなもんで
謙虚にふるまえ
あくまで ビギナ一でいるくらいの
心意気です
この一瞬(ひととき)に燃えつきる

もう会えないかもしれないよ
もうヤレないかもしれないよ

いつだって long time no see ってなもんで
再会に感謝
每日会えるなら なおさらに
はじらい忘れず
明日に向かって燃えつきる