Because of you -2ページ目

今日は・・・

父は朝早くからジムへ出かけたみたいで、1人で楽だった。いろいろ買い物しなくちゃいけなかったし。


お昼過ぎに母からのメールを読んで寂しくなったから、いとこの家に行った。


いとこは少し忙しくしていたみたいだけど、いつも笑顔で接してくれるからすごく癒される。


晩御飯も出してくれて、家にスープしかなくてお腹がすいてたから丁度よかった。


明日は学校、、大嫌いな学校。休み明けが特に辛い。でも、もう辛くない、怖くない。


父と一緒にいるより断然マシ。先生に怒られようが、狂った父と比べればなんのこっちゃない。


しかも明日は金曜日だし、午前までだし、明後日休みだし。頑張れ、私。




今日の父の状態は昨日と同じ。 ・喋りまくる  ・電話をかけまくる  ・食料の補充無し


今晩はスペアリブらしく、米も炊いていた。


今の父を信じることができないから、なるべく父の作るご飯は食べたくない。


今日はいとこの家で食べてきたが、明日からどうしたらいいものか・・・。



日本から持ってきたパソコンでポエムを書いているらしく、それを手伝って欲しいと頼まれた。


そのパソコンは壊れてたみたいで、修理に出したらしい。


躁状態の時の父は、日本にすごく興味が沸く。毎度日本語の本をひっぱり出してくる。


宗教にも関心が出るみたいで、十字架のペンダントをしていると思いきや


家のあちらこちらに大仏の置物を置き始める。これが私にとって一番気色が悪い。


私も対抗して好きなアーティストの雑誌の切り抜きを部屋に貼りまくってるが・・・・w


あれ・・・・私も躁鬱症?w ←よくこの状況で冗談が言えるもんだw


とりあえず頑張れ、わたし。

帰国

11月の下旬から日本に帰国してた。


原因は父の病気の悪化。11月始めから状態が悪くなってたから


伯母の家にいさせてもらってたけど、伯母に『家に戻って欲しい』と言われ


精神的にも限界が来ていた私と兄は帰国を決意した、、


私の通っている高校にも新学期まで休むと連絡をいれた。


日本での生活は本当に幸せだった。母の作るご飯はおいしいと改めて実感。


その一方、父の元へ戻らなければならないと思うと、不安と恐怖で押しつぶされ、


耐え切れず涙を流してしまう夜が数え切れないほどあった。


1月7日にイギリスへ戻る事が決まり、最後の日に友達に泣きながら別れを告げた。


兄は日本に残る事に決めた。日本の大学に行くし仕方ないけど、今度は本当に一人ぼっちなんだと思った。


次の日、母と一緒に空港へ向かった。父の病気が原因で父と母が別居してから今まで約7年


私は母の前でなるべく弱音を吐かぬように耐えてきた。


その日も最後までこぼれそうになる涙を流さず耐え抜いた。


『辛い』と口にすることでどんなに楽になれただろう。なぐさめてもらうことでどんなに心強くなれるだろう。


でも結局、私は母に甘えられなかった。強くならないと、この地獄から抜け出せないから。


無事イギリスに到着して、空港で待っていたのは少し痩せた父だった。


病気の症状が表れだしてから始めたエクササイズのおかげで少し体重が減ったと本人は言ってるけど


きっとろくに食べてないのだろうと、空っぽの冷蔵庫を見て思った。


とりあえず家の中はめちゃくちゃで、訳の分からない紙があたり一面に張り巡らされ・・・・


この先思いやられるけど、父の状態がよくなるのを願うだけ。頑張れ、私。