この物語は完全なるフィクションです。
実在の人物をモチーフにしておりますが、実際の彼らには何ら関係ございません。
序章
二年前の七月初め。
梅雨明けを待たずして真夏日となったその日、商店街を横切る片側一車線の生活道路は、いつに無く混んでいた。
付近の幹線道路で大規模補修工事が実施されていた為、迂回路として活用されていたのだ。
混んでいるだけでなく、通る車はどれも、工事渋滞の分を取り戻そうとするかのように、かなりスピードを出していた。
下校時にその道の信号に差しかかった中学三年生のユノは、目の前を猛スピードで走り過ぎたダンプカーの排気ガスをまともに浴びて、精悍な顔の眉根を寄せた。
黒色の臭い排気ガスは有害物質をたっぷり含んでいそうだ。
今日みたいに暑い日は、汗ばんだ顔にガスの粒子が貼りつくような気がする。
次にまたダンプが来たら今度は息を止めようと考え、通り過ぎる乗用車の後ろをチェックすると、またダンプがいた。
その後ろもダンプだ。
これでは、ダンプが通っている間じゅう息を止めるのは難しい。
迫り来るダンプを恨めしく眺めていたユノは、少し右手の歩道に自分の母親がいるのに気がついた。
パートの帰りらしく、近所のお惣菜屋のTシャツを着たまま、立ち話に花を咲かせている。
その手前に、子犬を連れた小学生のグループがいるのが目に入った。
子犬の飼い主らしい小学生を取り巻くように集まって、皆楽しそうに子犬に注目している。
その中の一人はユノの弟のユチョンだった。
子犬にオテをさせ頭を撫でて嬉しそうに笑う。
ユノは、少し前からユチョンが犬を飼いたいと訴えていたのに思い当った。
少し内気な所のある弟がこんなに楽しそうにするなら、今度また犬の話になった時は加勢してやろう。
大きくなったら散歩が大変だという理由で却下されていたが、散歩なら、自分がテコンドーのロードワークの時に連れて走るから大丈夫だと請け負えばいい。
その時、歩道の人々の合間をハイスピードで擦りぬけて来たスポーツタイプの自転車がバランスを崩し、小学生の輪に突っ込んだ。
自転車は子犬を跳ね飛ばし、子犬の体はダンプが迫る車道に投げ出された。
それを追って、ユチョンが車道に飛び出し、子犬を抱き上げる。
一瞬の出来事だった。
甲高いブレーキ音が響く。
車道の真ん中、ダンプの真ん前で、ユチョンの体は凍りつき動かない。
ユノは、反射的に車道に飛び出した。
子犬ごとユチョンの体をとらえて、歩道に向かって転がり、すんでの所でダンプカーを回避するのに成功した。
しかし、事故は、それだけでは終わらなかった。
ダンプのすぐ後ろを走っていた中型バイクが、急ブレーキをかけて横揺れしたダンプに接触し、歩道に飛び込んだのだ。
避けきれない。
咄嗟に、ユノは自分の体を盾にしてユチョンを庇った。
バイクはユノを直撃した。
衝突の瞬間、圧倒的に強烈な衝撃で全てが吹っ飛び、その直後から、体じゅうの骨が連鎖的に爆発していくような、苦痛の振動が起こった。
左膝に想像を絶する激痛が湧き起こり、大きく揺さぶられた頭がぐらついた。
体の左側が痛みで燃えていて、その炎が胸を焼き溶かしている。
口に血反吐が込み上げ、ユノはそれを吐き出しながら歩道に倒れた。
意識が混濁していく。
一度遠のきかかった意識は、周囲の絶叫で呼び戻された。
「ユノヒョン!」
ユチョンの悲痛な叫び声が聞こえ、ユノは目を開けた。
ぼやける目の焦点を合わせ、自分を覗き込んでいるユチョンが泣いてはいるが元気そうなのを見て、少し安心する。
「ユノ、ユノっ!」
すぐ近くで良く知る女の声が叫んでいて、視線を巡らすと、泣きそうな顔で取
り縋っている母の姿があった。
ユチョンと母を安心させようと、ユノは懸命に話しかけようとした。
「大丈……」
言葉は声にならず、口から血の泡が湧き出る。
救急車が駆けつけ、泣き叫ぶ家族を押しのけて近付いた救急隊員がユノを覗き込んだ。
「頭を動かしてはいけません。意識はありますか?」
朦朧としながらも、ユノは目で頷いた。
激痛が全身を駆け巡っている。
本当は早く意識を手放して楽になりたいのに、母とユチョンが心配で出来ない。
救急車に乗せられて病院に運ばれる間も、無理矢理付き添った母とユチョンの為に、ユノは激痛に苦しみながら、意識を保ち続けた。
2へ続く
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えっと、すみません。
OYHに続いて、また痛いシーンから始まりました。
前回はジェジュンが痛かったのですが、今回はユノです。
しかも半端なく痛いです。
痛いの嫌いな方(好きな人はいないだろうけど)、ミアネ。
これに懲りずに2も読んでね。