lazy-3のブログ

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僕は中学校教員。
このブログで自分の思いを綴る中で、学級担任としての考え方や技術を整理したいと考えている。
そして、経験の少ない先生方や、学級経営に悩んでいる先生方のためになればうれしい。僕も先輩方から色々なことを教えてもらって今があるから…。

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行事やイベントがあるとき、

いつ、誰の口から、どのようにスタートしていますか?


生徒がスタートするとき、教員はすでにその時を知っている。

ならば、その瞬間をどう演出するかで、学級のスタートが違ってくる。


さらに、スタートをどうするかを口火を切る生徒に考えるよう促したり、

相談しながら考えるだけで、生徒は成長する。

そのことを後日、他の生徒に紹介するだけで、その生徒はヒーローだ。


学級もロケットスタート。何人かの生徒の企画力を成長させる。

また、そのことを成功体験として振り返ることができる。


こんなおいしい瞬間を逃している担任の先生は少なくない。


もったいない限り。

痛々しい学級目標を見ることがある。


語呂合わせ、英語、四字熟語、流行り言葉…。


学級目標は学級が1年間追い続けるものだ。

お飾りの目標はつくるだけ時間と労力の無駄なだけでなく、

学級のイデオロギーがなくなるということから見ればマイナスと考えられる。


僕の勤務した学校でも、ひどかった。

その学校では、4月の学級旗揚げの日から2日後に決定しろという。

見栄えだけ、姿だけは整えられる。

しかし、中身がない。それこそ生徒の頭の中は言葉選びに走ってしまう。


僕たちが自分の目標を考えるとき、

自分の現状を考え、期間を決め、本当に達成したいことを目標にする。

それは、学級目標も同じ。

自分たちの良いところも悪いところも把握し、

僕たち集団が1年後どうなっていたいかをよく考えなければならない。

そこで真剣に考えれば考えるほど、語呂合わせなどからは遠くなるはずだ。

そうしてできた学級目標はそのものも価値が出る。

さらに、決める過程での話し合いに価値を見出せる。


価値ある学級目標を決めよう。

そろそろ決めても良さそうな時期かな。

学級担任のみなさん、このような言葉を生徒の前で使っていませんか?


多くの先生方や生徒たちは、この言葉の意味を考えずに使っている。

その証拠に「次に生かすって、生徒がどうすることなの?」とつっこむと、考え込んでしまう。

ひどい先生になると、

「あの行事が全く生きていないじゃないか」

「次につながってないじゃないか」と怒り始めてしまう。


生徒がかわいそうで見ていられない場面だ。


そんな先生は、振り返りの後の具体的な姿を思い描けていない。

(本来は、これを思い描いてから行事やイベントに突入するのだが)


例えば、行事の中でグループ活動があったとする。

ある子と初めて同じグループになり、上手に関われた。

「このケースで次に生かすとは?」

・日常生活でもその子と上手に活動していくこと。

・自分は初めて関わる子でも上手にできると自信をつけ、他の子に積極的になること。

・上手に関わっていくとグループ活動が円滑に進むことを理解し、日常のグループでも上手に関わろうとすること。

こんな姿が次に生きている姿だろう。


「次に生かす」を事前に思い描き、その姿をつくり出そうとするのが担任。

「次に生かす」を事前に思い描き、その姿を見つけ出し、

その子が「あの行事でがんばったことが、こんな風に自分の力になって、生きているんだなあ」と

気づけるようにするのが担任。

もし「次に生かす」ことがどんなことを理解していない子がいたら、具体的に言ってあげることも担任として必要なこと。


便利な言葉だから、軽く使ってしまう僕らだが、しっかり考えて使いたい。

また、生徒が使うときにも「それはどんなこと?」と、しっかりとつっこんであげたい。

担任の先生方、学級の生徒たちに姿を追い求めていませんか?


良い姿を見てもらって…、ほめてもらって…、自己満足して…。


その姿は、心からつくられているのだろうか。


怖い先生がいるから、その場だけビシッとしているだけかも。

家で辛いことがあって、落ち込んでいるから静かなだけかも。

先生にこうしなさいと言われたからやっているだけかも。


それが本音なら、僕たちは満足できないよね。