【SEHUN】
ライブも終わり、音楽番組もないオフのウィークデーの朝、この前タオを送っていったときに置きっぱなしにしていた練習着をとりに、Mの宿舎に行く。
さっきスタジオでレイヒョンの姿を見かけた。タオは確か教習所に行くと言っていて、ウミニヒョンとルハニヒョンは仕事で出ているから、うまくすれば宿舎にあなたが一人でいるんじゃないか、という期待は、あまり持ちすぎてがっかりしないように気をつける。
インターフォン越しのあなたの声は、いつもより少し低くて、僕はちょっと緊張する。ドアを開けたあなたは、酷く疲れた様子に見えた。
「おばさんが洗濯してアイロンかけといてくれた。あの紙袋の中。」あなたはリビングの隅に置かれた茶色い紙袋を顎で示し、両手をスウェットの腰のあたりで軽く拭いながらキッチンに入っていった。僕は靴を脱いでリビングに上がりこみ、ソファの前のラグにぺたりと腰を下ろす。
「何飲む。」カウンターから顔を突き出してあなたが尋ねる。「炭酸じゃなければなんでも。」「じゃ、水な。」「えぇー。」「嘘。オレンジでいい?」両手でマルを作って見せると、あなたは口角を軽くもちあげて微笑み、カウンターから頭を引っ込めた。
タオのものらしいパンダのぬいぐるみの耳をひっぱって折檻していると、あなたが大きめのグラスにたっぷり注いだオレンジジュースを持ってやってくる。自分は少し小ぶりのグラスに入れた同じ飲み物を持ち、もう片方の手で吊るすように持った大きめのグラスを、僕の頬にあてて、あなたは首を傾げた。
いただきます、と言ってグラスを受け取り、少し身体の位置をずらすと、あなたが僕の隣にすとんと腰を下ろすから、そのまま肩を抱いた。あなたは気にする様子もなく、グラスの飲み物を口に運びながら、リモコンに手を伸ばしてテレビをつける。ニュースは今日もどこかの火事の様子を映していた。
ジュースを飲みながら、俯きかげんに手元を見ているあなたの横顔を後ろのほうから眺める。長い睫毛がまばたきするたびに揺れる。あなたはいくつかチャンネルを変えていたが、結局またテレビの電源を落とすと、リモコンをソファに放り投げた。
オレンジジュースの最後の一口を飲み干して、あなたは僕の肩に自分の頭を預ける。右手でグラスを口に運びながら、あなたの首に回した左手で、襟足のくせっ毛に触れてみるけど、あなたにはそんな気はないみたいで、まるで反応しない。
あなたはしばらく、そうして僕の肩に凭れていたけど、やがて僕の頬に一瞬だけ触れるキスをして、立ち上がった。「ちょっとまだ、やんなきゃいけないことあるから。」首だけ捻って振り返り、見上げる僕にそう言うと、あなたはリビングから出て行く。
僕はちぇ、と思いながらオレンジジュースの残りを飲み干し、あなたがローテーブルに置いていったグラスと自分のグラスを重ねてキッチンに向かった。勢いよく水を出してグラスを洗っていると、ウォークインクローゼットのほうから、時折何か音が聞こえる。
グラスを水切りかごに預けてタオルで手をふき、キッチンからそのまま廊下に出て、音のするほうに行ってみる。クローゼットルームを覗き込んでみて、僕は固まってその場に立ち尽くした。
部屋には蓋の開いたままの大きめのダンボール箱が三つほど並んでいて、あなたがクローゼットから出した「彼」の私物を、次々としまいこんでいるところだった。あなたはまるで引越し屋みたいに、棚からひとつひとつ「彼」の服や帽子を取り出して、淡々とした手つきでそれを箱にうつしていく。
ヒョン、と声をかけた。あなたは顔もあげずにその作業を続けている。もう一度、さっきより少し大きな声で言った。「ヒョン。」あなたの手が、ダンボールのふちにぶつかって、持っていた小さなぬいぐるみがぱたりと床に落ちた。
あなたがしゃがんだまま動かないから、僕は手を伸ばしてそのぬいぐるみを拾い、あなたの掌に返す。「…仕方ないんだよ。」あなたはダンボール箱から視線を外さず、小さな声でつぶやいた。「タオが泣くから。」
見下ろしたあなたの手は、爪が白くなるぐらいきつく、ぬいぐるみを握り締めていた。「ルハニヒョンやイーシンヒョンにやらせるわけにいかないし。ウミニヒョンにも。」あなたはまっすぐ前を見たまま、自分に言い聞かせるみたいにそう言った。「…はい。」「仕方ないんだ。」「はい。」
あなたの隣にしゃがんで、横から顔を覗き込んだ。あなたは、そこに誰かがいるかのように、ダンボール箱を見つめていた。僕は横からそうっと手を伸ばして、僕のそれより小さなあなたの手に触れてみた。あなたが振りほどかないのを確かめてから、もう片方の手で握り締めた指を一本ずつ解いていく。
少しずつ、緊張を解くあなたの手から、そのぬいぐるみをとりあげて、ダンボール箱の中にそっとおさめた。あなたはようやく、ダンボール箱から視線をうつして僕を見る。「…昼前に終わらせましょう。」そう言うと、あなたはほんのわずかだけ唇を震わせ、それからくしゃっと微笑った。
これは、Baiduのインタビュー受けたときにもらったやつ。このヘンな帽子は最初に香港行ったときに買ってた。こんなもんかぶるヤツいるのか?って思ったんだけど、いるんだねぇ。…日ごろ宿舎にいるときは割と大人しいあなたが、今日はひどく饒舌だった。僕らは、何かに急きたてられるみたいに、たくさん笑った。
最後のダンボール箱の蓋を閉じ、棚の上に載せてあげる。あなたはキッチンからタオルを持ってきて、カラになったクローゼットを拭いた。何かに語りかけるみたいに、ゆっくりと時間をかけて。
僕はあなたの後ろに立ったまま、あなたの満足がいくまで待った。宝箱を磨くみたいに丁寧にクローゼットを拭き終えたあなたは、タオルをたたんでクローゼットの脇に置き、それから勢いよく立ち上がって、振り向きながら僕を見上げた。「腹減らない?ジャージャー麺でもとるか。」
そう言ってから、あなたは少し怪訝そうに僕の顔を覗き込む。「セフナ、」あなたの手が伸びて、僕の頬に触れた。「…なんで?」あなたの優しい指先が、僕の頬に零れたものをそっと拭う。
「…知りません。」触れられると余計涙がこぼれるから、僕はあなたから顔を背けて、自分の肩で鼻をこすった。「セフナ。」あなたの声がもう一度僕の名を呼ぶ。「知らないってば。」僕はさっきと反対がわの肩に顔を押し付けた。
あなたの両手が僕の背中にまわり、赤ん坊をあやすみたいに触れる。僕の胸にあたる温もりを思いきり抱きしめて、骨ばった肩に顔を埋めた。泣かないあなたが、ふわりと僕を包む。…こんなの。…ヒョンの代わりだよ、と小声で呟くと、あなたは何、と聞き返した。
「…なんでもない。チキンも食べたい。」「そっか。よしよし、好きなもん頼みな、手伝ってくれたから今日は俺の奢り。」胸元でひびく陽気な声を見下ろして、少し腕の力を緩めると、あなたは僕を見上げてすごく綺麗に微笑んだ。
「…そんな顔してたらキスしますよ。」とうそぶく僕に向かって、あっは、と澄んだ笑い声を返すあなたは、もう普段どおりの表情に戻っていて、僕の腕からするりと抜け出して、キッチンのほうへ行ってしまう。僕は惚けたようにあなたの背中を見送る。
…泣いてもいいですよ、とか言うべきだったのかな、などとぼんやり思いながら、僕は棚の上のダンボール箱を見上げた。…ねえヒョン、あなたは、ジョンデヒョンのこと、僕よりも少しはわかってた?…あのひとは、あなたの前では泣けてた?
ダンボール箱はやはりダンボール箱らしく、押し黙ったままだった。「せふなー、チキン何味にすんの?」キッチンから響くあなたの声に向かって僕は歩き出す。わかることなんかなにもないけど、ただ離れずにいたくて。「ハニーロースト。」「馬鹿、あれ高いじゃん。」
~FIN~
twitterで呟いていたもののログです。この話題は見たくない人もいるかなと思ったんですが、自分なりに納得したくて書いたものです。おてふんには複雑なことはわからないけど、ただただ目の前の大切に思えるものを大事にしたいだけなんです。
