エホバの証人が書式を用意し，多くの信者が日頃から肌身離さず持っているであろうこの「医療に関する継続的委任状」を弁護士目線で見ると，いくつか素朴な質問がわくので，それを書いておきたいと思います。

（質問についての自分自身の考えは書かずにおきます。ただ読む方々がそれぞれの結論を出して下さる呼び水になってくれれば良いな，とは願います。）

１．そもそも論として「継続的」委任状というのは，委任状として成り立つのでしょうか？

一般的に，印鑑証明書の有効期限は３か月程度ですし，委任を受けるプロの弁護士でも３か月以上前の日付の委任状を裁判所に提出すれば，新しい日付の委任状の取り直しを裁判所に指示されます。

ところがこの委任状は「継続的委任状」となっていて，あたかも「一度署名すればずっと効力を持ち続ける」かのような題名が付されています。

しかもこの委任状は，人の命に関わる医療上の選択についての委任状であり，「医療契約」という民事上も高度な契約に関わる委任状です。そのような委任状が「継続的委任状」という体裁になっていますが，このような体裁の委任状の有効性，ひいてはこのような書式の委任状を用意して信者に署名押印するように指導する宗教団体の考え方に，疑問は生じないのでしょうか？

２．この委任状は，医療の選択に関して，２人の代理人を選任して，その２人の代理人に「命にかかわる」最高度の決定をする権限を与える内容になっていますが，一般的に，誰が代理人として選ばれているのでしょうか？
注記部分には，「成人であればだれでも代理人として選ぶことができる」と書かれていることからもこの点は知りたくなります。

本当に，誰が代理人として選ばれていて，その選ばれた人は代理人としての職務を遂行し得るのでしょうか？

私は今回の件が起こる前，母から頼まれてこの「代理人」になることを確かに承諾しました。

しかしそれは，「自分自身が他の人の人生・財産を扱う委任を受けてそれを専門家として遂行するということを業務として反復継続している弁護士であった」ということ，「母の信じる教義によればどのような医療行為を受け入れ，どのような医療行為を受け入れないか」を正確に理解していたということ，そして何より自分が「息子」であったという様々な要素が揃った，極めて稀な特殊ケースだったからです。
（しかも，私は実際に今回の件が起きた際には，この委任状では役に立たない可能性が高いと判断して（とうかそもそも手元にすらなかった），自分で母の委任状を取り直しました。）

ここで重要と思うのは，エホバの証人組織は，以下のような情報を信者に提供し，「神に受け入れられる医療」と「神に受け入れられない医療」，そして「自分の良心に従って選択できる医療」を大別している点です。
果たしてどれだけの人がこれら各医療の内容や効果，そしてそれら代替医療がカバーできる範囲の限界を知っているのでしょうか。

多くの場合エホバの証人信者は，この委任状の代理人欄には，自分たちの属するエホバの証人組織の最小単位たる「会衆」というグループにいる宗教指導者である「長老」と呼ばれる人たちを選任してはいないのでしょうか？

そして，それら代理人として選任される人たちには，こうした代替医療の内容や，それら代替医療がカバーする限界についての正確な知識があるのでしょうか？

エホバの証人の長老の中で「輸血拒否」についてのエキスパートのように扱われる「医療機関連絡委員会」のメンバーの人たちの様子について敢えて過去の記事で言及しましたが，彼らの状況が前述したようなものなのであれば，個々のエホバの証人信者が選任するであろう「代理人」たちの知識はどうなのでしょうか？

また，この点については後に詳述したいですが，エホバの証人信者は，「絶対的無輸血治療を選ぶ事は自分たちの権利である」という意識が非常に強いようです。

それはその通りですが，他方で，「絶対的無輸血治療」を選択することにより，どれだけの医療負担が発生するのか（医療連携室の負担・治療する医師，看護師への負担・ベッドを長く使い続けることが引き起こす医療資源への圧迫・集中治療室を使用することによる他の患者の高度治療を受ける機会を奪う可能性・信者自身が負担する治療費および健康保険が負担することになる治療費等）について意識は及んでいるのでしょうか？

「絶対的無輸血治療を選ぶ権利」はあったとて，「絶対的無輸血治療を受ける事を要求する権利」はないと考えますし，すなわちそれは，「相対的無輸血治療を拒否する権利」およびそれによりもたらされる「死」を選択する権利だけに帰結する，と言い切ったほうが，現状を正確に反映するように感じますが，「代理人」に選ばれる人はそれを理解し，それを本人のために決断する覚悟を有しているのでしょうか？

代理人に選任される人たちは，弁護士でもないにもかかわらず，これら全てに配慮した上での最適の決断を，ギリギリの状況で下す「意思」・「能力」・「責任感」，ひいてはその「資格」があるのでしょうか？

３　最も重要なこととして，このような「事前に用意された書式」にサインする各信者自身は，上述したような現状を本当に理解した上で，そこに署名するのでしょうか？

「組織から指示されているから」という組織への盲目的従属から，ものごとの重要性を理解せずにただ安易にサインしているという実情は存在しないのでしょうか？

この「継続的委任状」を肌身離さず持っているどこかのエホバの証人誰か，誰でもいいですが誰かを見つけて，その人に，

「あなたはグロブリン製剤を受け入れますか？アルブミン製剤はどうですか？その答えの根拠はなんですか？」

と尋ねたとして，それに即答できる人は，一体どのくらいいるのでしょうか？

「RBCはダメなようですがヘモグロビン単体はどうなんですか？」

「貯蔵式自己血輸血はダメなようですが，術中希釈式自己血輸血や，術中回収式自己血輸血はどうなんですか？」

と尋ねた場合，誰がそれに即答できるのでしょうか？

実際のところ，エホバの証人組織は，ヘモグロビンやセルセーバーを使った自己血輸血を「OK」としているのですが，しかし，自分たちの教理上，使用が問題ないとされているものについてさえも，「それらは一切受け入れません」と，多くの信者が理解もせずに答える事態が容易に予測されそうですが，そうではないのでしょうか？

裁判所や行政機関に提出する「陳述書」（つまり，まさしく今回の「継続的委任状」と同じような，「本人の真の意思表示」とみなされる重要な書面）を，弁護士がまずは代筆し，それに当事者がサインするということは，一般的に広く行われていることです。

しかしその際には，専門家たる弁護士は，徹底的に「本人の真の意思表示」について聞き取り，何度も何度も読み聞かせをして，間違いなく本人の意思であることを確認しなければ，署名・押印のうえでの提出はしません。

また，その準備の際には，書かれた内容がもたらす利益・不利益についても注意深く洞察したうえで，本人に説明し，理解してもらい，その上で最終的に書面を完成させます。

他人が用意した書式に本人が署名押印するということは，そういうことです。

今回の「継続的委任状」はまさに，エホバの証人組織が用意した書式で，かつ，「本人の意思表示」とみなされる重要な書面ですが，その署名押印の際には，上述した全ての要素についての，本当の本人の理解とそれに基づく思慮深い決定を確認する作業があるのでしょうか？

この書式には，あらかじめ「家族，親族，友人は，私に同意しない場合があるかもしれませんが，彼らが同意しないとしても，私の輸血拒否や他の指示の効力や内容が弱められることはありません」とまで言い切る文言があらかじめ印字されていますが，そこまで言い切る内容の書式が用意される裏で，それが本当に本人の真意であると十分に判断できる必要な過程は経られているのでしょうか？
または，単に，集会において，「これは大事な書類なので必ずサインしてください」と，年に１回，強く言われるだけの運用になっているのでしょうか？

４　さらにいえば，そこまでの真の決意を本当に人に抱かせるという場合，

「なぜ人がそこまでの極めて強固な信仰を持つに至るのか，どのような教理のどのような論理過程により，人はそこまでの絶対的確信に至るのか」という点について，人々は知りたいとは思わないのでしょうか？

彼らの教理を批判・否定するという問題を超えて，「人にそこまでの確信を抱かせる，教えの構造・過程はどのようなものか」を客観的かつ公平・公正・実証学的に検証しようと考える人はいないものなのでしょうか？

文責　弁護士田中広太郎

第１４ エホバの証人の用意する「継続的委任状」ー素朴に思うこと

第１４　エホバの証人の用意する「継続的委任状」ー素朴に思うこと