1 担当医になってくれたドクターはとても若い先生で,自信に満ちた優しい笑顔を浮かべて現れ,要点だけを明快に素早く話す先生でした。
「あれ,なんか4人いるね。なになに,どなたが患者さんの家族なの?」
「あー,あなたね。はいはい。あ,弁護士さんね,はいはい,田中先生ね。」
「要するにエホバでしょ?輸血心配してるんでしょ?」
「他の病院だと手の施しようがないからうち来たんでしょ?わかるわ。」
「大丈夫,エホバかどうか関係ないから。エホバかどうか関係なく,このケースなら無輸血で手術すぐ終わらせるから。」
「大丈夫,すぐ直るよ。15分くらいで終わるからそこで待ってて。ちょっと待ってれば終わりますよ。」
と矢継ぎ早に説明され,先生はすぐに踵を返して手術室に向かいました。
この説明を聞いて,私は本当に言葉にできないほど驚きました。
自分は弁護士として,依頼者に対してはまずリスクを説明しますし,「結果を保証する」などということはまずしません。
ましてや医師であれば,よほどの絶対的自信がなければこのようなことは言わないことは明白でした。
2 ちょうどその時に,手術室に運ばれていく母が,私の目の前を通りました。
その時,母は意識があり,あまりに驚きあまりに嬉しかった私は,満面の笑みで,
「お母さん,なんか助かるらしいよ。先生が絶対直して見せるから,安心して座ってろって言ってくれたよ」と伝えました。
その言葉を聞いて,母も一気に顔が明るくなり,本当に心底嬉しそうでした。
実際,母も死にたくはなかったのだと思います。
2 私はドクターに言われたとおり,また同じ長椅子に座って処置が終わるのを待っていました。
そうすると,同じような明るい笑顔を浮かべながら,ちょうど家に帰る途中の院長先生が通りかかって,その院長先生も私に優しくきさくに話しかけてくれました。先生からは,
「いやー,ラッキーだったね。」
「あの先生に手術してもらうなら本当に絶対に大丈夫だよ。」
「後は安心してそこで待っててね,たぶん,すぐ終わるよ」
と言われました。
私にしてみれば,「こんなことがあるだろうか」と,信じられないような時間でした。
3 実際に,担当医の先生の手術は,ものの15分程度で終わりました。
手術後の短い先生の説明では,要するに,
「特殊な内視鏡を使って出血部分の治療は全て終了したのでもう失血は停止している。」
「あとは時間と共に回復するだけで,しかもその回復は劇的なスピードだろう。」
「ついでに出血部分の周りに大きな腫瘍を見つけたが,自分の経験ではほぼ間違いなく『癌ではない』からそれも安心してほしい。」
「今は貧血状態が続いているので,それが回復したらまた簡単に全て取り除いて見せる。」
「輸血は今後も必要ないし,問題にならない」。
そのような説明でした。
私はこのような名医に出会えたことの幸運に感謝しきれませんでしたし,本当のことを知りたかったので,その医師に,
「先生,要するに,先生だったから母の命は助かったんですよね」
「先生が命を救ってくれて,他では無理だったんですよね」
と,非常にダイレクトに質問しました。
先生はこう尋ねられて,嬉しそうでもあり,少し困った様子でもありました。
私の質問がある意味その通りであると先生も感じているけれども,謙虚さから「そうだ」とも自分からは言えない,という様子でした。
先生はその時ただ苦笑しながら
「うーん,まあ,他の病院ではこの処置は無理だったろうな,としか言えないですねー」と言って,そのまま,また軽快に立ち去って行かれました。
その後,病室に移った後も,看護師さんから
「田中さんたちラッキーでしたよ。」
「連絡が来た時,先生もう帰ろうとして駐車場に向かっていたんです。」
「連絡が10分15分遅かったら,受け入れできなかったかもしれなかったんですよ。」と言われました。
私は,第1病院の医師が言った「タイムリミット」が非常に正確であったのだと感じましたし,それに合わせて必死に動いた甲斐が本当にあったとも感じましたし,もし遅れていたらどうなったのだろうという大きな恐怖感と安堵感の混じった,なんとも言えない感情に押しつぶされそうになりました。
※第1病院の医師からは,「転院先の病院は大抵,午後4時かどんなに遅くとも午後5時にはその日の受け入れを終了する。なので,どんなに遅くとも午後5時前に転院先を見つけられなければ,夜は越せない」という趣旨のことを伝えられていました。
このブログを書いてから,実際に「医療連携」の現場で転院先を探す立場にある方からもコメントをいただきましたが,午後3時を過ぎると,受け入れ先病院は圧倒的に少なくなる,という現状をお知らせいただきました。
4 この第2病院のドクターたちの言葉通り,母はその後,驚くほど急速に回復し,驚くほど短期間で退院し,その後,普段と全く変わらない生活に戻りました。
もしも数十分遅れていたら,確実に死亡していたはずのその人が,です。
得た教訓10:適切な治療可能な適切な医師に出会えれば,絶望的な状況から劇的な仕方で救命されるということが,本当にあり得る。そうした医療機関・医師を探す事を,決してあきらめてはいけない。
文責 弁護士田中広太郎