前回書いた「代替療法についての漠然とした期待」を更に強化し,ひいては,エホバの証人の輸血拒否の決意をさらに強固にする,もう1つの要素について必ず言及しなければならないと感じます。

(今回の実体験からもっとも強く感じた点の1つです)

 

1 エホバの証人組織(日本での法人名:ものみの塔聖書冊子協会)は,各国の支部内に,「ホスピタル・インフォメーション・サービス部門」という部門を設置し,絶対的輸血拒否について,様々な啓蒙活動をしています。

エホバの証人 | 医療機関連絡委員会の連絡先: 日本 (jw.org)

そして,日本国内の各都道府県に「医療機関連絡委員会」という組織を設置しており,その組織の目的の中核は,こうした「無輸血治療に応じてくれる医療機関」についての情報を日頃から集積し,それら医療機関と連絡を取り合い,緊急事態の場合にこうした医療機関を信者である患者に紹介することである,と広く表明しています。

 

2 重要なことは,個々のエホバの証人信者は,この「医療機関連絡委員会」のメンバーに絶大な信頼を置いており,輸血に関連する問題が生じる場合,まずは真っ先にこのメンバーと連絡を取り,「血液関連の治療につき,何が禁じられ何が許容されているか」の情報をあらためて得たりします。

もっとも重要なこととして,エホバの証人信者たちは,「この医療機関連絡委員会のメンバーが,無輸血治療に対応する高度な医療機関と日々連絡をとり,それら医療機関の情報を日々蓄積しているので,この医療機関連絡委員とコンタクトをとれば,無輸血治療に対応する高度な医療機関にすぐにコンタクトをとれる」という,非常に強い信頼感を有しています。

 

そしてこの委員会の存在が,幾重にも幾重にも折り重なって「輸血拒否の決意」を強める,もう1つの別要素を構成している,という点です。

 

3 エホバの証人の緊急輸血拒否事案に直面するとき,家族が事前に理解すべきことは,「エホバの証人信者は往々にして,血のつながった家族よりも,「長老」と呼ばれる地元のエホバの証人組織の指導的立場にある人や,特に,これら医療機関連絡委員(彼らも長老であり,通常の長老よりも権威があると認識されている)のほうに絶大な信頼を置く傾向がある」という点です。

 

実際に,私が経験した今回の事例では,私が第1病院に到着するよりも前に,東京都の医療機関連絡委員の方がすでに2人,先に到着して母と話をしていましたし,その後搬送される病院(以下,「第2病院」といいます。)に,私と母が救急車で到着した時には,その第2病院にすでに医療機関連絡委員の方たち3人が先に到着されていました。私や母自身よりも先に,です。

 

なお,自分自身の経験に限定して言えば,このことでこれらの方々を批判する意図はありません。

彼らが先に到着することは,人格権を持つ母自身の意思であり希望でしたでしょうし,一般的にエホバの証人信者は,家族・親族よりもより親密で濃厚な人間関係を仲間の信者と構築しますから,それが母の真の意思だったのであれば,それは尊重すべきことであると考えるからです。

ただ,私の母の場合に限って言えば,私が到着したことで一番安心してくれたようです。
まがりなりにも弁護士なので医師・病院との話し合いをスムーズにしてくれるだろうという期待もあったでしょうが,それよりもはるかに大きかったことは,普段から(毎年1回は),母の宗教信条とその根拠についてよく話をして,彼女の真の意思を十分理解していた事,それを死んでも尊重すると日頃から約束していた事,エホバの証人が選択できる代替治療について勉強して相当の知識が日頃からあったこと,などがその要因だと思います。

 

3 もっとも,エホバの証人側の考えやシステムについて事前知識がない家族・親族がこうした状況に直面した場合,理解ができずに混乱したり,ある場合には「この段階に至っても家族をないがしろにするのか」と絶望的な気持ちになり,そしてそれが投げやりな決断につながり,取り返しのつかない結果をまねく危険性もあるかもしれません。

ですから,「このような発想のもとで人生を過ごしているエホバの証人信者側への事前理解」というものが,非常に重要になるのではないかと考えます。


得た結論4:

エホバの証人信者は,「医療機関連絡委員」に非常に強い信頼を有しており,その信頼は,家族親族に優先することがある。