1.このブログは、1つの輸血拒否の実例について「起きた事実をなるべく客観的かつ正確に記録に残すこと」を目的として始めたため、完成したと考えた以降の更新はしませんでしたし、当初から私自身の背景についての詳細は書かないでいました。

その後、自分自身のことについて明確な説明を足しておいたほうが良いと思える状況になったため、書いておくべきと思われる「自分自身のこと」を明記しておこうと思い追記を更新いたします。この「書いておくべき」と思うことには、自分自身の母親への深い愛情も含まれます。

2.私は、エホバの証人2世です。

物心ついた時には母は熱心な信者であり、私もムチと呼ばれる過酷な児童虐待を受けて育ちました。
また、ムチのみならずエホバの証人であるが故の様々な生活上の制限を受けて育ちました。

 

実際、私の小・中・高の同級生の人たちは、私がどれほど異常と思える制限をうけながら育ったかをその目で見ていると思いますし、私のネット上の発言を見てつい最近になって連絡をくれた同級生の人は「立ち入れないほどに生活を制限されていると思っていた」と優しい言葉を送ってくれました。

 

私が大学進学をしたのは25歳の時で、それまでは建設作業員や新聞配達をしながら経済的にギリギリの生活をしており、そのことは別のブログや様々な媒体でかなり前から公表しています。

 

 

このブログの中では、「自分は育った家庭環境があまりに特殊でその負の影響に支配されていて正規雇用の就職活動は事実上完全に不可能」であったこと、「無知な当時の自分には他の選択肢がなかった」ことなどを書いています。
 

より明確にこのことを言い直すとすれば、「エホバの証人の家庭で育った私には、その宗教の教えゆえに大学進学するという選択肢はありませんでしたし、正規雇用の職に就くという選択肢もなく、ただ進学を拒否し、正規雇用の就職を拒否し、自活できる最低限の収入だけを得ながら残りの時間は全て宗教活動に捧げ、さらに最低限の収入の中から宗教団体に寄付さえするという生活のサイクルから抜け出せない状況であった」ということになります。また、私は現在スペイン語と英語を使用言語としていますが、その理由は、このエホバの証人世界内に閉じ込められていた当時、「とにかく何かを勉強したい」という思いが強く、「海外での布教に役立つから」という理由で外国語を勉強することは禁止されておらず、かつ、お金をかけずに独学で勉強することができる数少ないものの1つであったため、10代半ばの頃から必死になって外国語の勉強に独学で打ち込んでいたことによります。

そして、他の信者の方たちにこの考えを押し付けるつもりはありませんが、少なくとも私個人についていえば、20代半ばまでエホバの証人の教えという強固な殻に強制的に閉じ込められてその教義を受け入れて信じ込む以外の選択肢がない状況にいたものの、その頃には教義の矛盾・教団内部の偽善的と思える実態の体感を積み重ねるようになり、25歳の時に思い切って大学を受験し、入学した大学の一般教養課程を執念ともいえる姿勢で履修したところ、最初の1年間の幅広い教育で「エホバの証人教理は真理ではない」という確信に至りました。

3.自分がこのように、ある意味「相当に深いレベルでのエホバの証人2世であること」を隠すつもりはありませんし、このブログを書いた当時にも隠したいという思いはありませんでした。ただ単に、このブログの中でそうした点に触れることは、ブログの目的を考えたときに「不要」であると考えましたし、その不要な点に触れると、伝えたいメッセージがぶれたりブログの中身が不必要に長くなると考え、言及するのを控えました。公表してきた情報の内容を読めば、自分がエホバの証人2世であることは自ずと理解いただけるであろうという思いもありました。

 

このことにより、このブログが発したメッセージの価値や趣旨が変わるとは全く思いません。

 

非常に多くの方が、このブログの内容について「これほどの著しく困難な状況に直面したにもかかわらず、冷静で中立的に事実だけを淡々と書き連ねている事は評価に値する」という趣旨の感想を寄せてくださいました。

 

自分が深いレベルのエホバの証人2世であることを明言する今、こうした感想をいただいたことが素直に非常に嬉しかったことをお伝えしたいです。というのは、多くの方が「感情の冷静なコントロールは大変であったろう」と言ってくださったその言葉はまさにそのとおりであり、むしろ実際の現実は、多くの方が察してくださる状況よりも、なお遥かに困難であったからです。

 

私はエホバの証人という宗教の教えを強制されることにより、幼少期や若年期にあまりにも多くの物を失ったと思います。

そのようにして失ったものの1つには、両親との健全で「普通の関係」も含まれます。

幼い時に多くの人が当たり前に受けることができるであろう親からの愛情を受ける機会を失い、
通常の進学と就職の機会を失い、

大人になってからもそうした過去の経験に起因して親との通常の関係を持つ機会を失い、

エホバの証人信者を離れてからも15年程度は親との通常の関係は存在しなかったように思います。
その後、父が亡くなり、このまま母との関係を取り戻さずに母もこの世を去ることがあれば、人として自分は一生後悔するかもしれないと思い、まさしく15年以上かけて、母との関係を取り戻しました。幼い頃にされた過酷なムチについても、「ムチをしなければ子供を愛していない」と教えられたがゆえに行われたことだと結論付けました。
そして、その頃に今回の母親の輸血拒否による現実の死の危険に直面しました。

 

この宗教は、

幼いころの幸せな時間を自分から奪い、

若い時のあらゆる可能性を自分から奪い、

父親との関係を私から奪い、

それでもなおその逆境にあらがって懸命になって母親との絆を取り戻したのに、その矢先に今度は母の命も奪うのか、
そうした思いでこの状況に対峙しました。


そのような内心と闘いながら、それでもそれまでの母の人生とその後の母の状況を考え、輸血拒否の決断に同意した自分の気持ちがどのようなものであったか、エホバの証人経験者の方であれば、皆さんわかって下さると思います。

4.輸血拒否についての私の考えは、このブログを書いた当時も今も、変わりはありません。

 

「真摯な固い意思に基づいて輸血を拒否する」のであればその意思は尊重されるべきでしょうしそれが最高裁の結論でもあります。

 

ただ、エホバの証人の信者が持つ輸血拒否についての知識や認識は、あまりにも脆弱すぎるのではないでしょうか。
彼らが信頼するエホバの証人幹部である「医療機関連絡委員会」はあまりにも能力が脆弱であり無責任ではないでしょうか。

エホバの証人教団が行っている「無輸血」についての信者への啓蒙はあまりに偏向的でミスリーディングではないでしょうか。

 

そうした状況ゆえに、今日も、今この瞬間も、どこかで「本来救われるはずの命」が現に失われていないでしょうか。

そのようにして無為に命が失われる事態が1つでも減ってほしいと心から思います。

 

5.同じことは、エホバの証人について議論されている様々な問題、ムチと呼ばれる児童虐待、忌避と呼ばれる家族関係の破壊、大学進学を含めた進路選択の機会の侵奪、そして2022年12月に厚生労働省が虐待であると明言した、子供に対する「宗教行為の強制」、こうした様々な問題にも妥当するように感じます。

 

一般社会は「信教の自由」という言葉の下に、その言葉に覆い隠された人権侵害にあまりに無頓着であったように感じます。信教の自由に言及する人は、憲法が信教の自由の条文において「何人も、宗教上の行為を強制されない。」と明記しているのを読んでいただきたいと願います。日本の憲法の「信教の自由」の明言は「他者から宗教行為を強制され、それにより生活上の多くの制限を受け、『自らの意思に基づいているから』という体裁をとったうえで命まで奪われるという歴史があったことに向き合い、それを防止するために制定された」という歴史的経緯を忘れてはならないと思います。

 

「信教の自由」の根幹は「信教を強制されない自由」です。

「信教の自由」の制定経緯は「自ら信じているからという体裁を外形的に整えられたうえで、生活や命を奪う」という事態を防ぐことが主眼のはずです。

 

6.今後、自分にはエホバの証人の信仰について発言する機会が多くなるかもしれません。

 

その際の自分の真の意図は、

宗教のために無為に人の命が失われる事態が1つでも減ってほしいという思い、

宗教のために無為に人が傷付けられる事態が1つでも減ってほしいという思い、

 

ただそれだけです。