誕生日を翌日に控えた12月はじめ、ベッドに座り損ねた母が腰を強打し入院しました。
動けなくなった母を見つけたのは、一昼夜経ってから。発見が遅かったらと思うと、背中に冷たいものが走ります。
レントゲンでわかるほどの骨折は無いものの、50日を過ぎた現在も介助なしでトイレに行くことができません。
毎日、面会時間に間に合うようにし、様子を聞いては洗濯物を持ち帰ることくらいしかできません。
明らかな骨折ではないのに、快方に向かわないことに無力さを感じていました。
でもふと、(母は、幸せなのかもな)なんて思いました。
娘は、孫を連れ頻繁に顔を見せに行っています。ひ孫の姿は痛みさえも吹き飛ばすのか、穏やかな表情を見せてくれます。
お婆ちゃんっ子だった妹の子は、何時間もそばにいて話を聞いています。二十歳そこそこの男の子がです。
6年前、人工関節置換術という両膝の手術を受けた母。
膝をかばうからか、余計にトボトボと歩くようになりました。加えて、パーキンソン病と喘息という持病を持っています。
46年前、父が他界し32歳の女性がたった一人で、何振りかまわず3人の子を育ててくれました。
借金こそなかったものの、家も預貯金もない生活は大変な苦労があったと思います。
そんな想いが兄妹の、そして家族の絆になっているのかもしれません.
日を追うごとに小さくなっていく母の姿を見て、それぞれがそれぞれの形で出来ることをしているように思います。
妹はこの6年、週に一度母の通院に付き添っています。
大きな病院はほぼ丸一日時間を費やし、ほとんど自分のための時間はとれていません。
今回も施設の下調べや選択、その入所手続きに手を尽くしてくれました。
母と同居している弟は、長距離トラックに乗っています。
週一から10日に一度しか帰れませんが、つどつどお風呂で母の髪を洗い背中を流し、その後マッサージをしています。
先日は病院から外泊許可をもらい、昼夜問わず傍らにいて介添えしてくれました。
もう少しリハビリができれば介助なしで歩けるかもしれないと思い、手を引いて一緒に歩きますがほんのわずかな時間でしかありません。
嫁や娘、妹婿やその子供たちも頻繁に顔を見に行ってくれます。
こうやって、子や孫やひ孫それぞれが出来ることをしてる姿をみると(母は、幸せなのかもな)なんて思うとともに、(俺は何やってんだか)と情けなくなります。
数日したら、施設へ移ります。
ケアマネージャーさんへ、「春には家へ連れ帰れますように」とプラン立てをお願いしました。
きっと帰れると思います。
そして今度の誕生日は、家で迎えることができると思います。
だって、みんなの期待と想いがしっかり届いてるはずですから。


