大学受験生のブログに遊びに行って、がんばってるなぁとか、自分にもこういう時代がありました(==とか、思いつつ眺めてる今日この頃です。
もう今年度に入ってから3ヶ月が経ちまして、模試の結果も帰ってきてるみたいですね。そして、結果が良かったワーイだの、悪すぎ鬱だ氏のうだの、一喜一憂してるようす。それはそれで構わないと思うのですが、前回と偏差値を比較して一喜一憂してる方をみると、それはどうなんだろうか?と思うわけです。
偏差値ってのは自分の実力を示す絶対的な指標ではなくて、ある模試を受けた人たちの中で、自分の模試の出来だとどのあたりに位置するのかを示すにすぎない。模試を受ける人が変われば数字も変わるし、難易度でも変わる。もちろん自分の実力によっても変わるけど、自分の実力とは無関係の部分での変動も大きい。実力が上がってるのに数字が下がるなんてこともよくある話。だとすれば、そんな数字で一喜一憂することに意味があるとは思えない。
そもそも、目標は大学に合格することであって、模試で良い成績と取ることではないはず。模試の段階で良い成績を取れることは構わないと思うが、良い成績を取れなかったとしても、現時点での目標が達成されてればそれでOKだと思うのですが。
例えば、勉強しなきゃいけない範囲を3分割してA、B、Cとする。春にAを、夏~秋にBを、秋~冬にCを勉強する。こんな計画を立てた場合、夏の時点で偏差値40でE判定だからと言って鬱になる必要はなく、勉強したはずのAの範囲がきちんと取れているればOKなはず。
単純に数字だけ見て一喜一憂するような人って、漠然と勉強して漠然と模試を受けて…と言った感じだから模試の結果をどう評価したらいいかわからなくて、あまり意味の無い数字に振り回されてしまうのかなぁと思ったり。
判定が悪いからっていちいち凹むよりかは、具体的かつ細かい目標を設定してそれが達成できたかどうかをチェックし、その目標が達成できたのであればE判定だろうが偏差値30だろうが、うは目標達成できたぜwww俺天才wwwって思った方が精神衛生上いい気がします。
こんな調子で合格できるのだろうか、勉強の仕方が間違ってるんだろうかと迷ってみたり、悶々としたまま勉強して効率落としたりしても仕方がないよ。そんなことでいちいちスランプ入ってたら、合格できるものもできなくなっちゃいますよ。
がんばっても合格できないことはあるけどさ、その原因が模試に振り回されてスランプに陥りすぎたことだとしたら、すごいもったいないことだと思うんだよね。どうせ落ちるなら、一年間精一杯がんばって、これで落ちたなら仕方が無いって状態で落ちたほうがスッキリすると思いますよ。
受験生の皆さんが試験本番まで、悔いの残らないように勉強されることを願っています。
あと半月ほどで代ゼミの東大模試がありますね。まだ半年以上ありますから、あんまりできなくても凹まないようにね。
自分は↓のような成績でD判定でしたが、本番では250点以上取れてました(成績開示してませんが、自分のセンター得点と合格最低点から少なくとも何点取ったかはわかる)。







