ある、運勢のサイトを開くと私の今年は「背信期」にあたるそうだ。
今年から三年間は、良くない年。
とはいえ、今までの数年間を振り返ってみて、良かったかどうか聞かれたときに「良かった」などと満足に言えたような人生を送ってきていたわけではない。
夢を見て、関東で一人暮らしを始めて、夢に向かってひたすら努力して、挫折して、諦めた人生ならまだいい。
私は努力はしていたかもしれないけれど、懸命ではなかったかもしれない。だから、挫折しているという感覚もなかったのかもしれない。
私はもともと振り回されやすく、だまされやすいから、ある時期、とある宗教に入教することになり、私の中できっと中途半端であったのであろう、今まで追いかけていた夢にたいしての想いは伝道者の方々より言葉巧みな説得を受けてごく自然に鎮火され、消滅を迎えた。
それは私が信仰者達と住んでいた部屋から出ていって、自由な生活を再開した後にも再燃することはなかった。すでに教会のなかで私の夢は完全に死んでいた。
情熱は熱なので、風を起こして力を発揮して動き、周りに影響を与える、火力発電のようなものだ。
情熱がなくなったということは、私の心の中の発電所が壊されてしまったのであろう。
用途不明な燃料だけが残っている状態だ。
用途不明ということは、目的が不明ということだ。
目的不明の人生を送っているということだ。
人は人生の目的不明に耐えられないときに自殺を考える事が多いのだろう。
私は騙されやすいから、教会を離れたにも関わらす、今度はエステに引っ掛かってしまった。
一人暮らしになったばかりの私は、自分の精神が汚れたように感じることに関して日々、耐えられなかった。
私は教会を離れてしまったせいでこんなことになってしまった、と諦め、痩せることに専念したくらいである。
しかし、成功して痩せた後に私の人生が変わる訳では決してなかった。あるのは虚しさばかりだったのだ。
普通、ダイエットに成功して人生が変わったという話をよく聞く。彼氏が出来た、自信が態度に繋がるのか仕事も上手くいって出世した、とか。
私については全くそんなことからは対象外である。
信仰者になる一年前に同棲していた彼氏がいたが、
男関係が一切ない時期を迎えてもうすぐ10年になる。そこを脱却するのは至難のわざだ。
男だけでなく、同性にたいしても心を閉ざしてしまいがちなのに。
信仰時代に縁が切れてしまった人達と復縁など望めるわけでもなく、
どんどん人間関係は狭く、時に薄いものとなっていた。私が自分から心を閉ざしていただけだが。
仕事については、たとえ痩せたからといって自信がつく、つかない、という気持になるかどうかは関係ない職場だし、
この職場を決めたのも信仰時代中だったから、ここにいること事態を否定したくなって辞職する相談を鬱病を理由に持ちかけたところ、なんとひき止められ、ただ、今まで管理担当だったけれど、ひらの社員に降格した。
結果、金運も悪くなってしまった。
エステとは絶対にセレブが行くところである。
(宗教もね)金を払うだけ払わされたけど、
そのぶんの利益をどうしても感じる事ができない。
生まれて初めて細い自分の身体というのを感じたが、なんだかひどく違和感を感じて、気づいたら一杯食べてリバウンドしてしまった。
そしたら、今度はさらにひどく虚しさを感じた。
あんなにたくさんお金を払ったのに、食べればあっという間に前の状態に身体が戻ってしまう。
それこそ本当に金の無駄ではないか、と。
しかしリバウンドした後の私の精神状態は最悪で、
(ちょうどそのころ辞職の相談をしていたのだが)ダイエット再開の気力もなかった。
すったもんだあったことを振り返ってみて初めて、
とりあえず生きて、不幸にならないためにはまず、騙されないようにすることだ、と決意した。
私は何か事を始めようとすると、すぐ詐欺まがいのことにひっかかる。ひっかかりそうなところへ行かない、引っ掛かりそうになったら早めに逃げるに徹する事を決意した。
エステも嘘をついてやめた。
恋愛についても今までの教訓を生かしていきたい、と思うところだが、これがなかなか難しい。
この話は次回いつか。
