わらしべ貧乏 | ✧︎*。いよいよ快い佳い✧︎*。

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主人公から見ても、悪人から見ても、脇役から見ても全方位よい回文世界を目指すお話


   昔々あるところに、とても正直で勤勉だけれど、汗水流して昼に夜にと働けどお金は貯まらず、何をしても失敗や損ばかりしている若者がいました。

   いつかきっと良いことがあると信じて頑張って来ましたが、要領の悪さがあまりにもひどいのか、ちっとも報われません。

   明日の暮らしにも困って途方に暮れていると、ゴーンゴーンと鐘の音が聞こえてきました。
  お腹が空いて歩く力もなくなっていたなか、その音に誘われるように足を向けると、小さなお寺に着きました。

  無断で入ってはいけないだろうかと思いながらも、なぜかスルスルと身体は本堂へ滑り込んでいきます。
  すると、そこには金色に輝く煌びやかな観音さまが鎮座されていました。


「すごい……」


   ただ感嘆の声を漏らすと、全身の力が抜けるように膝が崩折れていきます。畳に膝をつけ、こうべを垂れながらも、震えながら自然と両手を合わせていました。


「う、うう……っ」


   美しい姿を拝んでいると視界が歪んで、涙がポロポロこぼれてきます。 
   唇をきつくかんで、なんとか声が出ないように我慢しますが、涙は止まりません。


   どうして、僕はいつまでもこうなのですか

   どうして、僕だけ上手くいかないのですか


   どうして、僕だけひとりぼっちなのですかーー……



  いつもは絶対に口にしなかった悔しさや情けなさ、弱音が、次から次へと胸のなかからせり上がってきます。

  まだ幼いころ、流行病で家族を失ってから、若者は一人で働き、懸命に生きてきました。



「僕は……もう幸せになりたいのです。なんの心配もなく、愛する家族と……ただそれだけです」


  ついに、絞り出すように言ってしまいました。


  その時です。


「な、なんだ……?」


   観音さまの像から、目も眩むような光線が勢いよく放たれています。まさしく後光と呼ばれるに相応しい輝き。その光線から金粉が舞い上がり、若者の身体に降り注いでいます。

  夢のような、夢でも見たことがないような光景でした。

  さらには、閉じていたはずの観音さまの瞼がゆっくりと開きはじめているではありませんか。


『幸せになりたいという願いを、確かに聞き届けました』


  驚いて言葉にならない若者に、観音さまは静かに微笑みました。


『あなたは、今からこの寺を出ると転びます。その時に手に掴むものがあなたを幸せにするでしょう。それを持って西に向かいなさい』


   どういうことですかと聞き返せたのかどうか、気づいてみると、夢うつつの状態で若者は、寺の敷居を跨いでいました。

  観音さまから最後に何か付け足されたような気がしましたが、覚えていません。



「うわっっ」


  敷居に躓いて、ドサリと音を立てて全身を打ちました。


「痛たたた……! 本当に転んでしまうなんて、僕はやっぱりなんて運が」

  
  悪いんだ、と続けようとすると、とっさに手に掴んでいたのですーー。一本の藁しべを。


(まさかこれが、観音さまのおっしゃっていた何か?  そもそもあれは、あまりの空腹で見た幻覚ではなかったのか?!)


  だけど信じられません。
  観音さまが信じられないのではなく、自分自身の人生がです。

  選択を間違えてしまうのではないか、もしもこれでまた失敗をしたら、もう生きていけないと。
   
  

  ブーンと羽音をさせながら、震える若者の握っていた藁しべに、一匹のアブが止まりました。
  ところがこちらを攻撃をする様子もなく、全く逃げる気配もありません。


「僕には友達がいないから、君が友達になってくれるかい?」

   拍子抜けしたのかなんだか緊張がほぐれ、表情を緩ませると、アブがまるで頷いたように羽を一度だけ震わせました。


「ありがとう」


   持っていた藁しべをアブの足にそっと結んで、ヨタヨタとよろめきながら歩き出すと、立派な牛車がやって来ました。


「あのアブが欲しい!」


  牛車が止まり、中から子どもが指をさして言いました。
  見るからに裕福な家の子どもが、なんと若者の手にいるアブが欲しいと言うのです。
  

「どうぞ。優しくしてあげて」


  せっかく出来た友達だったけれど、若者は藁しべごとアブを差し出しました。

  ありがとう! と子どもは笑って受け取り、横に乗っていた母親から、お礼にミカンを三つもらいました。




  するとーーーー



「痛いっ! 痛い痛い痛いよー!」


  キャーという母親の甲高い叫び声とともに、子どもが大泣きする声が背後の牛車から上がりました。


「どうしたのですか!」


  慌てて駆け寄ると、アブがブンブン飛び回って、子どもの顔や腕を刺しています。
  若者のところにいた時はあんなに大人しかったのに、なんということでしょう。


「あなたのせいです、この子にこんな危ない虫を渡すから!」


  真っ青になっていた母親は、顔を真っ赤にして怒り、若者に怒鳴ります。  


「すみません……すみません!」


  若者はどうしていいかわからず、謝ることしか出来ません。

  なんてことを、なんてことを……

  頭を下げている間に、牛車は薬師の元へ急いで向かっていきました。


  やっぱり、自分はこうなんだ。
  こうなるとわかっていた。
  良かれと思ってしたことも、今までも裏目に出てばかりだったではないか。

   観音さまは幻だったに違いない。
   
   

(幸せになれるわけがない……)

   
   瞼が今にも落ちてしまいそうな無気力感に逆らうことが出来ません。
   それでもあの子どもの命が助かることを願いながら歩き出すと、あぜ道の真ん中で娘が倒れていました。


「どうか……」

 
  どうかしたのですか、と訊ねようとしましたが、不安が襲って来ました。
  また、選択を間違えてしまったらどうしようと。

  ですが、娘は苦しそうに切れ切れに息を吐いています。

  
(見捨てることなんて……出来ない)

  
  若者は拳に力を入れ、駆け寄りました。



「娘さん、娘さん! どこが苦しいんだ、大丈夫かい」


   そっと抱き上げ声をかけると、娘は水が飲みたいと言います。  
   近くを見渡しても井戸も川もなく、若者が持っているのは、先ほどもらったミカンだけ。  

  若者も、もうお腹と背中がつきそうなほど空腹でしたが、 でもこのお礼のミカンは、自分には食べる権利がないと思いました。

  子どもに痛い思いをさせてしまったのだから。



「これを……」

  
  ミカンの皮を剥いて、娘の口元に持っていき、ぎゅっと絞り汁を飲ませます。
  娘は、その甘酸っぱさに反応して目を開け、手を伸ばして自らミカンを食べました。


「ありがとうございます。本当に危ないところを助けていただき、ありがとうございました」


  娘は元気を取り戻して、懐からお礼にと、見たこともない美しい絹の布をくれました。


「こんな高価なものはもらえない!」

  
  慌てて押し返すと、娘はそれを握らせようと男の指をはがします。


「いいえ、受け取ってください。これでも足りないくらいなのです」
「僕なんかには勿体ないから、受け取るには相応しくないから!」


  首を振っても娘は譲らず、押し付けるようにして絹の布を若者に渡して去って行きました。



「まいった……まいったな」


  またしばらく歩き出すと、今度は侍が馬を見つめて唸っていました。
  自分も本当に参ったと心のなかで賛同していると、よく見れば馬がしゃがみこんで動かないようです。
  

「どうかしたのですか」


  今度はためらわずに訊ねると、馬が突然具合が悪くなり、歩かなくなったが、今すぐ進まなければ生業に障ると答えました。


「お前、それは……かの有名な大名の家紋入りの絹ではないか! もしや、盗人だな?」


   侍は、若者のボロボロの着物の胸元からちらりと出ている絹に気がつき、胸ぐらをつかんで来ました。


「盗人?  まさか、そんなことはしていません、これは!」
「嘘を言え! お前のようなみすぼらしい人間がおいそれと手にできるようなものではない、よこせ!」


  侍は目の色を変えて、若者から無理矢理に絹を奪い取り、馬を置いて行ってしまいました。
  咎の責を負い、切られたくなければ従えと脅して。


「僕は……本当に、人から盗みを働いたことなんて一度もないのに」


  あまりにむごい言いがかりでした。

  どれほど貧しくても、父母の教えを守って、人様から何かを取ったことなどない。 
  それだけが唯一の誇りで、もしも召されても、きっと天で二人に会えたら、それだけは褒めてもらえるだろうと思っていたのに。

  命は守れたけれど……

  たった一つの矜持を、刀で真っ二つに折られたような悲しみが広がりました。



「やっぱり、分不相応だったんだ。断らなかったからバチが当たったんだな……」


  あたりは日が暮れ、冷えて来ました。倒れている馬を放置することは出来ません。
  若者は、なんとか立ち上がって馬を近くの空き家に運ぶと、朝まで眠らずに看病をしました。


  ヒヒーン……


  小さな小さな嘶きでしたが、か細い声で馬が鳴きました。



「もう、大丈夫だな……よかった」


   若者はそっと馬の身体を撫でると、ほっと安堵しながら意識を失いました。




「君、君、生きているか?」


   知らない声に起こされ目覚めると、若者は馬の背にうつ伏せで横たわっていました。
   馬はどうしたことか、いつの間にかかなりの距離を歩いて来たようで、そこは若者の見知らぬ土地です。

  見たこともない屋敷が聳え立つように目の前にあり、市井の人間ではないと一目でわかる品の良い着物を召した男性が、若者を案じてくれていました。見たところ、かなり年嵩の白髪混じりの老人です。


「ここは私の配下にある町だ。そして君は、私の家の前にいるんだよ。馬が大きな声で鳴いていたから何事かと思ったら」


   老人はほっとしたように頷くと、よかったら、これから旅に出なくてはならないから、君の馬を貸してはくれないか、と言います。
   自分の愛馬が昨夜息を引きとってしまい、困っていたのだと。


「そんな、そんなことは……!」


   今までの出来事が走馬灯のように過ぎりました。
   馬を貸したくないわけではない。
   助けになりたくないわけではない。


   ただ、恐ろしいのです。



「僕は、転んで咄嗟につかんだ藁しべを、飛んで来たアブにつけました……そのアブが欲しいと言った子どもにあげたら、子どもがアブに刺され、お礼にもらったミカンをあげた行き倒れの娘さんから受け取った絹を盗人と間違われて侍に奪われてしまったんです。だから、だから……」


  僕に関わるとろくなことになりません、もしかしたらこの馬もあなたにも悪いことが起きたり、不幸が降りかかるかもしれないと、若者は涙ながらに訴えました。



「そうでしたか」


  黙って聞いていた老人は、優しい目をして頷きました。

  そして若者の肩にそっと手を置いたときーー



「でもそれはーー君が言う不幸は、悪いことは、まだ起きていないことではないですか。昨日のことが繰り返されると恐れて、まだ来ていない明日を憂いてしまうのは、勿体ない」

「まだ、起きていない? ……眩しい……っ」



   強い太陽の陽射しが当たり、若者は思わず目をつぶりました。


「まさか……」


   目を開けるとそこには誰もおらず、その右手には、一本の藁しべが握られていました。


   そうです。
   お寺の敷居に出たところで躓いて転んで頭を打ち、気を失っていたのです。

   もしもこうなったら、ああなってしまったらどうしようと心を恐れで膨れ上がらせたままーー観音さまが信じられないのじゃなく、自分の人生が信じられなくて。

   幸せになれるなんて思えなくて。


   良かれと思ってしたことが、人を傷つけるのではないかと思って。

   また失敗に次ぐ失敗をして、惨めな想いをしたくなくて。


   幸せになりたいなんて、願ったことで天からバチが当たるのではないかと思ってーー。


   けれども本当は、まだ何も始まっても、起きてもいなかったのです。


   掌の表面が何かでキラキラと反射していました。
   

「夢……? いや、夢じゃなかったのか」


   それは金粉。観音さまの後光とともに降り注いだ金粉だったのです。




『あなたは、今からこの寺を出ると転びます。その時に手に掴むものがあなたを幸せにするでしょう。それを持って西に向かいなさい』



  観音さまがおっしゃった言葉が、頭のなかで再生されます。



『そうするかどうかは、自分で決めるのです。私を信じるかどうかも。あなたが心の底から望み、幸せになる自分がいることを信じる道を選ぶなら』


  
  覚えていなかったはずの、最後の声とともに。



   ブーンという羽音をさせ、一匹のアブが、藁しべに止まりました。

  なんと、若者が想像の世界で見たアブと同じです。

   若者は、バクバクと高鳴る心臓に手をあてて息を深く吐き出し、背後のお寺に目を向けました。



「今までの僕とは違うかもしれないと、信じます」


  幸せになりたいと、なると、生まれて初めて宣言して来たのだから。

  その自分に、観音さまが応えてくださったのだから。

  閻魔さまにだって誓えるくらいに、どれだけ懐が貧しくなろうと、罪を犯すことはありませんでした。心だけは豊かでありたかったからです。
  でも、あまりに運が悪いことが続いて、悲しい目にばかり遭い続けて、希望に手を伸ばす勇気がなくなってしまっていたことに気がついたのでした。


   悪い未来ばかり思い描いて諦めるのも、恐れるのもやめよう。
   相応しくないなどと言って、与えられる贈り物を拒むのはやめよう。


  胸の前で静かに合掌すると、心が決まりました。


「友達になってくれるかい?」


  今度は若者の肩に止まったまま逃げようとしないアブの足に藁しべをそっと結び、西に向かって歩き出しました。
  空腹は限界を越し、やはり疲労困憊なのに、不思議と身体が軽く感じられます。
  何も変わっていないはずの景色が、輝いてみえるほどに。



  それからの出来事は、皆さまご存知の通りです。

   アブを欲しがる子どもに譲り、お礼にもらったミカンを倒れた娘にやり、またお礼にもらった絹の布を、侍から強引に動けない馬と交換され、その世話をした馬に乗って辿り着いた先の屋敷の主人がその馬に乗って旅に出て、屋敷を受け継ぎーー




「ありがとうございます。あなたのような優しい方の元に嫁げて、私は三国一の幸せ者です」



  屋敷の主人の娘は、なんとあの倒れていた娘で。
  


「ありがとう。僕も、本当に幸せだ」



  若者は、藁しべ一本からかけがえのない幸福を手にすることが出来た、わらしべ長者と呼ばれることとなったのです。
 



  あの金色の観音さまは、実は普段ご開帳をされていない秘仏。
  その観音さまを拝めた時点で、とてつもなく恵まれ、運が良かったのだということ……そして鐘はお正月にしか鳴らされないということは、若者には秘密のお話。
   




めでたし めでたし



【わらしべ貧乏】




突如閃いた、
昔話のわらしべ長者の別の展開でした…( ゚艸゚;)

タイトルが貧乏だと不吉に感じるかと
ひらがなにしてやんわりと…
していましたが、閃き通り勇気を出して貧乏に変えました(笑)

お読みくださり、本当にありがとうございました!