まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みとなった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の内ち傷によって、私たちはいやされた。 ~イザヤ書53章4-5節~アメリカで書かれたビジョナリーカンパニーという経営の書がある。日本ではとても有名な本となっている。この本は15年間、それなりに結果を出したが、その後は大きく飛躍出来なかった会社と、15年を過ぎて大きく飛躍して持続した偉大な会社との違いを調査した内容が書かれている。長期わたって飛躍した、偉大な企業にだけあった特徴の1つに、第5水準のリーダーシップというのがある。このリーダーシップの特徴は個人としての謙虚さと、職業人としての意思の強さという1見矛盾した組み合わせである。つまり、大きな野心を持っているのだが、その野心は組織に向けられていて、自分自身には向けられていないのである。一方、偉大になれなかった企業の中には自分がいちばん大きな存在でなければ我慢できないなど後継者が失敗する状況を作り出す者がいた。人生の中で野心は活力としての効果がある。しかし、過ちを犯す危険もある。一歩間違うと立場や位置を失う。ペテロは自分を大きく見せたり、大げさな言動でたびたび、失敗をしてきた。自分自身に向けた野心は謙遜の目隠しとなりがちである。歴史上、最も偉大な野心家はイエス・キリストである。彼の野心は自分のためではなく、神の国に向けられていた。人類を救うための使命にその野心を注ぎ込んだ。自分が神であることを誇ることなく、御自身の命を与えてまでこの使命を全うした。健全な野心とは? ①へりくだりを知っている。 罪を知り、神様の必要性を知ること。 ②野心が自分自身には向けられていない。 私たちにはイエス・キリストが果たした使命による蜜の味を享受することが求められている。
聖書・教会・キリスト教とは?:東京の某プロテスタント・クリスチャンが綴る
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