別に行く必要もなかったんだけど、
なんとなく興味本位で参加したpta総会。
今までで初めての参加。

そこで気づいたことが沢山あった。

まず、役員たちって本当に話し上手で、到底自分たちと同じくくりのお母さんお父さんとは思えないくらいに達観しててなんというか圧倒的に別物感。
普通に人前で喋るのに慣れすぎてるし、
なんとなく、ただものじゃない!と思って。
で、全員の名前を検索。
すると多くの人が事業をしていた!!!!!
要は社長。
今の時代ってそれがすぐにわかっちゃうんだから本当すごい!!!

そしてあーやっぱりな、って思った。
結局昔からあーゆうのは個人事業主が名前を売ったり人脈を広めるためで、
昔居酒屋経営していた親戚が消防団に入るのと同じだと思った。
で、さらにはptaだけではなくあらゆる商工会みたいなのに参加していて、
そこで地域を盛り上げる活動や大きなお祭りを企画したり、予算もらって色々街づくりをしていた。
本当に市の中心って感じ。その一環にptaもある。


そして完全にここで開き直る。
あーやっぱりこういうものだよね!って。
多くの人は地域に根ざしていてこの地への思い入れが自分たちなんかとは全く違うわけ。
私達みたいな超新参者には務まるわけなくて、それはきっと全国どこでも同じ。
これから先も縁のない世界だと思った。


で、ここではっきりと自分たちってどういう生き方かって理解する。
自分達が思っている以上に、その方達の人生とは乖離してるんだって。
あんまり今までその事に何にも思わなかったし、深くも考えたことはなかったけど、
きっと本来はこういうものなのだ。
その地で生まれ、その地を愛して、自分たちの地域をより良くしようとみんな事業まで起こして
完全に当事者意識を持って子供を巻き込む社会をよくしていこうとしてる。
で、その子ども達はまたこうして親のように自分はこの地域と社会の一部として認識して育っていく。

ptaだるいなぁみたいなのってもしかしたら都心ならではなのでは?人口が多すぎてパンクしそうなところ。

とはいえ全く重い感じがないのがすごいのだ。
みんな善意で凄い。

そして
こうして街って回ってるんだって初めて気づいた。

多分だけど幼稚園の役員も同じ感じだと思う。
やっぱりその地域を良く知る人じゃないと無理である。
園周辺の地名もよく知らないやつは単純に周りの人とは話が通じないし絶対に務まらない。

私の人生で今後やる必要もなければ、できる要素は皆無であると悟った一日。


そしてこの地域性が全く1ミリもない我が子たち。
やっぱり失ったものは大きいと思った。
だならやっぱり猛マッハで出かけまくってあらゆる体験を人よりしないと、私達の人生は採算が取れない。
そのことも再確認でき一日。



最近はやっっっと重い腰をあげて、

自転車生活。

今日はトータル10キロは走った。


そうすると、

あーこの公園は松ぼっくりがたくさんある、とか

こんなところにこんな公園があったんだってのが1番多くて、

素敵な家を見たり、

野に咲く花が綺麗だったり、

歩いてる人の顔がよく見えたり、

いろんな鳥の鳴き声が聞こえてきて、

それが森っぽいところよりも、駅周辺になればなるほど色んな鳥がいる事に気づいたり

色んな発見がある。


イモータンは自転車によく乗りたいって言ってたけど、

自転車のがずっと楽しいからだとおもう。

脳みそに入ってくる情報が多いんだろうな。


もっと自転車でもいろんなところに行けばよかったなぁととても後悔した。

これからはもう通園も始まったから、

遠出よりかは近場をのんびりと自転車で楽しむ生活にシフトチェンジしよう。





私が子育て大変だって心底疲弊したことはほとんど記憶にない。

これってなんでかわかる。
私は一切自分の子を他人と比べないからだと思う。できることはできてるね、できないことはできないね、ただそれだけ。
自分の子が周りの子よりもしも何かができてようと特別我が子は素晴らしいとは全く思えないし、
逆に周りの子よりも劣ることがあっても何も思わない。できないな、で終わる。それだけ。
もちろん焦りとかはない。そろそろやばくないか?とはもちろん思うけどその現状を焦って何か変えようとか、変わって欲しいって全く思わない。


子育てで疲弊する大きな要因は誰かと自分の子を比べる事だと思う。

で、なんでそれがだめかって、
その子に期待しちゃうからだと思う。
もっとこうなってくれたら、とか、
こういうふうに変わったくれたらって。
別にずっとこのまんまでもいいや。
これくらいの感覚がないと辛くなると思う。

それって本当によくなくて、
その期待はまずその通りにはならないのは間違いないわけで、
更にはその子の今のその現状を否定することにもなる。

例えば早くお箸が使えるようになってくれたら、、とか
とかそういうのも本人がそうなりたいかどうかであって、
そこを変えたいと思っちゃいけない気がする。
もしもそれができたら、よかったね!それだけ。
もちろんその手助けはする。
例えばオムツとかもそう。
本人次第なのだから、親はなーーーーーーーーんにも焦る必要はない。病気とかじゃないなら。
みんなそういうの気にしすぎてる気がする。
例えば幼稚園行きたくないってのもそう。そうだね行きたくないよね、本当に頑張って偉いね。
で別にいいのだ。
これが別に3年続こうと本人次第なのだから別にそれでいいわけで、それをそこから変わって欲しいって思うのは全く違うのだ。幼稚園行きたくないってのはある意味賢いわけで、そこを称賛すべき。
あと他にもあるあるなのは、お友達と遊んでほしいってのも完全に親のエゴだと思う。別に一人でいたいならいいのだ。他人と交流するのが正解じゃないしそれをしないのは強い子なのだ。
本人がそれに悩んだら助けてあげるけど。

けどすべてにおいて本人に何か変化があった時はよかったね!って賛同して褒めてあげればいいのだ。

もちろん人道に反する事をしたらめちゃくちゃ怒るけど。
けどその怒りの元は人と比べてらからではない。
本人が本人らしくない事をしたら怒る。
本人が本人らしいままならもうどんな姿でもそのままでいいのだ。

兄でいえば今だに縄跳びが飛べない。
せいぜい3回。
けどいつだって前向きにトライして、
きょうは3回も飛べたんだ!!!と喜んで報告してくれる。
しかも、1番の子は135回!とか言ってくる。
けど彼の中ではそこに劣等感ってたぶんなくて、
いやあるだろうけど、それよりも自分にフォーカスしている。
この心持ちって物凄く大切なんじゃないかな。

お箸やボタンができたのも年長さんから小1すぎてから。
けど私は全然気にしなかったし、
学校の先生に言われてやっと練習するように。
本人がどうすべきかは本人が決めればいいし
現に今全くそれで困ってないのだから
焦る必要なんてないんだ。