ある時期、巷にやたらに「折れない自信」系の本が並んでたことがありませんでしたか?


「折れない」っていかにも頑強で強そうです。

だから、誰しも折れない自信が欲しいと。



でも、そういう折れない自信持ってる人って、

結構めんどくさいことが多かったり。

折れないから、折れないんです。色んな場面で。



何かをチャレンジする時、

それまでの経験値が支えてくれることが、

結構あるから、自信を持つこと自体は否定しませんが、そんなに自信満々で、いなきゃいけないか?

と、思ったりします。



世の中には、社会的な洗脳というか、

集合意識というか、事実から乖離して、

何となく、そうじゃないといけない!

と、思わされてることが結構あります。



そして、大して必要じゃないものを持てなくて、

悩んでいる人も結構います。



その強力な一角として存在しているのが、

自信なのではないか?

と、思うのです。



それも、


折れない自信


とか、


根拠のない自信



系ね。



なんか、漫画っぽくてかっこいいんです。



でも、色んな社会的な成功している人や、

凄まじい才能がある人が、結構口を揃えて言うのは、


未だに自信が持てない


だったりします。



才能がありすぎて、

自分への要求度が高すぎてなってるのか、

単なる社会的な謙遜なのかもしれません。



でも、結構、この人が??



って人が、



自信ない



って言ってます。



なら、



ないのが普通やん。

折れない自信いらないやん。

根拠ない自信もいらんやん。



と、なります。



自信ないのが普通

自信かいのが自然



なら、いろいろ気楽になりませんか?



自信ないけど、やってみよう。



と、思えるケースが増える気がする。



自信ないけど、続けてます。とかね。

案外その、自信のなさが改善のきっかけになったり。





自信満々なのはケイスケホンダに任せて。

あの感じはあの人に向いてるんだと思います。

そのケイスケホンダも、メッシと比べて落ち込むって言ってました。笑 



自己受容の点から見ていくと、

自信がないことも受容する。

自信がないんだねー、そうだよねーって。



折れない自信より、折れても良いと、

受け入れられるしなやかな心があった方がいいなー